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一条戻橋 その3

2010年12月15日 00:23

「一条戻橋」は何度も架け替えられながらも、平安京の時代から同じ場所にあり続けたのですが、京都にはこの橋にまつわる都市伝説も残っています。現在の橋は1995(平成7)年に新しくなったもので、さらにその前の橋は1922(大正11)年に架け替えられました。その際、安倍晴明が橋の下に隠していた式神を閉じ込めた木箱らしきものが見つかったというのです。一条戻橋の伝説を知っていた工事関係者が、慌ててその木箱を元に戻し、埋め直したと言うことですが・・・。

20101211160840140[1] 〈旧戻橋〉

現在の橋の下はというと・・・、なんとまあ、禍々しい伝説もどこかに吹き飛ぶような、あっけらかんとした堀川になっちゃっていますね。

20101211160840ee7[1]

これは1997(平成9)年から「堀川水辺環境整備事業」として堀川(今出川から二条城までの4.4キロメートル)に清流を取り戻し、市民の憩いの場にしようと京都市が進めた事業のようです。

20101211161025d5b[1]

琵琶湖疏水分線から賀茂川をサイフォンでくぐり、紫明通、堀川通の地下に導水路を設けて水を引くというもの。2002(平成14年)年度から工事に着工し、2009(平成21)年3月29日に通水式典が行われました。総事業費は18億円でした。

20101211161024acb[1]



さて、一条戻り橋から北に100メートルほど行ったところにあるのが、晴明神社です。

20101211161024fd2[1] 〈額には金色に輝く社紋の桔梗印〉

かつての安倍晴明の邸宅跡に建つ小さな神社で、寛弘2(1005)年に85歳で晴明が亡くなり、その2年後に創建されました。
夢枕獏の安倍晴明を主役とした小説『陰陽師』シリーズの影響で、2000年以降爆発的な晴明ブームが起こり、今では全国から参拝者が訪れるようになりました(それまで、うらびれた地元民でも知らなかった神社が、今や綺麗に伽藍も整えられ、全国に名を馳せるようになるのですから、流行って恐ろしいものですね(笑))。

鳥居をくぐると以前の一条戻橋の橋柱が飾られています。

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〈1922(大正11)年から1995(平成7)年まで架かっていた「戻橋」〉


晴明神社の神紋は、五芒星。陰陽道では魔除けの呪符として伝えられ、重用されました。桔梗のの花を図案化した形として、「晴明桔梗」とも呼ばれています。

20101211161210640[1] 〈本殿〉

大日本帝国陸軍では「陸軍服制」(明治33年勅令第364号)という法令で、軍帽に五芒星を刺繍するよう定めていました。桜花の萼を模しているとも、弾除け(多魔除け)の意味をかついでの採用だったとも言われています。

20101211161211553[1] 〈晴明井〉

境内にある「晴明井」といわれるこの井戸は、晴明の霊力よって湧き出たらしく(ほんとうかな(笑))、無病息災のご利益があるといわれています。
水の湧きでるところがその年の恵方を向いているという凝った造り!(上部の石を動かすなとの注意書きがありました)。
また、晴明神社の場所はかつて千利休の屋敷があったところとも言われていて、「晴明井」の水を利休が使ったともされているとか・・・。この水で茶を点てて、太閤秀吉に振る舞ったり、最期に自服した茶もこの水で点てられたであろう・・・との神社の説明書きでした(笑)。





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