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京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ

2011年01月06日 01:42

京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ 松原好之 1979年

京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ


とにかくすごいタイトルです。こういう場合、内容がタイトル負けしていることが多いのですが・・・。

作者の松原好之氏は、大阪外国語大学を卒業し、卒業の翌年、この作品で第3回すばる文学賞を受賞します。
「遠く北方の嵐を聞きつつ…」(『すばる』2003年1月号)、「あざやかな場面」(『すばる』2003年5月号) 等、近年でも小説を発表してはいるものの、ほぼ、小説家のキャリアとしては「すばる文学賞受賞作家」で終わってしまっているようです。むしろ、本業は予備校講師、予備校経営で、こちらの分野ではかなり著名な方のようですね。
長年、大手予備校で英語を教え、現在は医学部専門の予備校を経営し、近著は『年収600万、子どもの偏差値40以上なら、医学部に入れなさい』(2009年、講談社)です・・・。

まあ、最近の経歴には関心がないので、とりあえずあらすじから・・・と言いたいところですが、まったくもってこの小説、よくわかりません。むしろ、この作品が受賞した時の選評を読んでみたいくらいです。

もし、この作者がコンスタントに小説を発表しつづけていたなら、この作品に何らかの意味や意図を見いだせたのかもしれません。ところが一発屋的に終わっているところをみると、たいして作品自体を深読みする必要はなさそうなのですが、それでもよくわからないのです。
(たとえば同時代に発表された村上春樹『風の歌を聴け』(1979年)や、高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』(1982年)なども、発表当初は首をかしげる老獪な評論家の声も多くあったようですが、その後に続く、両者の一連の創作をみれば、誰もがあの時の評価を納得せざるを得ないわけです。しかし、松原氏には残念ながらそれがなく、フロッグでの受賞と受け取られても仕方ないのかな・・・と)。


上賀茂神社 社家町DSC04652
〈主人公が下宿していた上賀茂神社付近。写真は社家町の町並み。社家とは上賀茂神社の神官の邸宅です〉

あらすじ。

時代は学園紛争が鎮まりし頃(でしょうか)。主人公“空知誠(そらちまこと)”は京都大学を目指す浪人生。上賀茂神社近くの下宿に住み、予備校に通っています。そんな主人公の、春の一日から受験の日までを描いていています。

空知の通っていた静岡の高校では学生運動が盛んで、学校には誰からも一目置かれる“吹石”という早熟な煽動者がいました。その吹石が偶然、空知と同じ予備校に通い、しかも同じ下宿にいたということが、空知の浪人生活の運の尽きでもありました。

下宿生はほぼ全員が浪人生で、賀茂川の空き地でソフトボールを楽しんだり、京大生の自転車を赤ペンキで塗りたくり、それを乗り回したりと鬱屈した生活の気晴らしをしますが・・・、下宿の待遇に不満があるからと吹石が先頭に立って「闘争」を行う辺りから、不穏な空気が流れだします。
大家との闘争に失敗し、吹石が一人責任をとって下宿を出、拠り所であった吹石を失った空知が代わりに手に入れたものは八坂神社の露天商から買ったカスタムナイフ。常に吹石の存在を意識し、その姿を追い続ける空知にとって、ひと振りで吹石をも殺すことのできるナイフを持ったという事実が、他愛ない自分の存在を若干解放してくれたのです。

秋の模擬試験の結果は散々な空知でしたが、短大生の彼女“ユウコ”を得て、小さな幸福を手に入れます。が、そう易々と幸福が続くはずもありません。平凡で自分と価値観の違う彼女に苛立ちを見せはじめ、平手打ちをしたり、受験が近づくにつれ、情緒不安定になり・・・。

さらに、彼女ができたことで、吹石に追いついたとの錯覚を持った空知でしたが、彼はやはり一枚上手でした。吹石とともに下宿を出て、その後自殺したかつての学生運動の闘士“祐天寺”の美しい姉を吹石は得ていて、しかも「羨ましいのか。別に俺は例によって、おまえみたいにぐだぐだと恋を拾ったのどうのこうのという気はねえよ。おまえ欲しかったらやってもいいぞ。」とアパートを訪ねてきた空知に言い捨てるくらいなのですから。

受験が近くになって、空知のおかしさが目立つようになります。自分が上賀茂神社の裏山に埋めたはずのナイフを、ユウコが隠したと自室で彼女を殴りつけ、泣く彼女の姿を見て、「ユウコ、何があったんだ。僕が何かしたのか。」って、もう完全に精神分裂病です(笑)。
もちろんユウコはそんな彼に愛想を尽かして別れを決め、彼の元を去りますが、受験当日、北野天満宮でお祓いしてもらった鉛筆を彼に渡すため京大にやってくるのです。
周りでは、「決起せよ。すべての受験生諸君。」と怒鳴る学生。そして受験生と学生を隔てる機動隊の列。
スピーカーでアジっている学生が、吹石に見えてしまった空知は、受験の集合のサイレンが鳴り響く中、ユウコから貰った鉛筆を投げ捨て、「決起せよ」の声に応えるために、武器となる埋めたナイフを取りに走り出すのでした・・・完。


京都大学 時計台DSC04575
〈主人公が受験で目指した京都大学の時計台〉


作者が(登場人物も)、インテリゲンチャだということは文章を読めばわかります。実際、学生運動にかぶれ、左傾学生であったのかどうかは知りませんが(まあ、一昔前の予備校や短期大学あたりの講師には、学生運動くずれの講師がごまんといて、全く珍しい存在でもありませんでしたが)。
すばる文学賞の当時の選考委員は、この辺りの左翼的思想の羅列に圧倒され、惑わされでもしたのでしょうか。
まあ、惑わす力を持った作品だったという点においては評価される作品だったのでしょうが、なにせ、良さがまったくわからないのです・・・。
あえて良さを挙げるとすれば、数多ある学生運動を描いた文学の中で、予備校生を取り扱ったという点でしょうか(そこが、そもそもの失敗だとも言えるのですが(笑))。


あっ、そうそう、主人公が通う予備校は現在も烏丸今出川にある近畿予備校のようです。作者が通っていた頃(1970年前後)の近畿予備校は、小説中に出てくるように夏期講習の申し込みのために前日から徹夜で列ばなければならないほど、隆盛を誇っていました。
理系を目指す受験生にとっては、この予備校に入れず仕方なく他の予備校に通ったり、並の大学より入るのが難しかったのだとも。





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