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失踪 その1

2010年12月06日 01:05

失踪 澤野久雄 1970年

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長編小説『失踪』は、1969(昭和44)年4月から9月まで朝日新聞夕刊に連載され、翌年、単行本として出版されました。
朝日新聞東京本社学芸部に勤務していた澤野久雄が新聞社を退社し、専業作家になって10年経った56歳の時の作品です。


いきなりですが、単行本のあとがきから――。
◇この小説が終って二日後の同じ新聞に、私は作品のあとがき風のものを書いた。その中に、こういう数行がある。
『今日、人間はそれぞれの内部から、人間として大切な何かを失いつつある。その結果、私たちはしばしば、自分自身をさえ裏切ってしまうような危険にさらされている。』
その、何かに失われてゆく状態が、私に「失踪」という題名を選ばせた。小説では、「マルセル」の盗難事件を扱っている。最後には、志摩という女の生命も失われた。しかし私の書きたかったものは、そういう出来事そのものではない。現代人の中から、失われてゆくものと、その失われてゆくことの恐怖。

あとがきにあるように、前年12月に京都国立近代美術館でおこった「マルセル盗難事件」が、この『失踪』というフィクションでは重要なモチーフとなっています。

といっても、連載当初はまだ事件発生から4ヵ月後のこと。捜査の進展もなく、ましてやその7年後にロートレックの名画「マルセル」が発見されるとは、誰も思わなかったことでしょうに(笑)。


さて、この『失踪』。小説としての評価は・・・、難しいですねえ・・・、澤野久雄作品としては凡作の部類でしょうか(失礼)。かといって、駄作だと言い切る自信もないのです。

それまでの京都を舞台にとった短編小説の数々は、職人の生き生きとした“個”の生活が見事に描かれ、感嘆したものです。
そして『失踪』の主人公・古屋志摩も女性ながら上絵師として着物に紋を描く職人の設定なのですが・・・。

新聞の連載小説のもつ難しさでしょうか・・・、“人”が描けているかといえば、短編の作品群に比べ描けてはおらず、物語の推進力をつけるための強引な展開や、登場人物のカマトトぶりが少し目立つのです。

作者の「マルセル盗難事件」に絡めて、『失踪』という題名に懸けた思いは、十分わかるのですがねえ。





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