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マルセル盗難事件 その3

2010年12月02日 01:21

さて、捜査の目は・・・もちろん、28歳の中学教師に向けられます。
しかし教師は警察の事情聴取に、中身を知らぬまま知人から預かったとしか答えません。誰から預かったのか、どうして預かったのか、その経緯を頑なに一切口外しませんでした。

発見直後の1月30日午後、この中学教師は、枚方市役所の記者クラブで報道関係者に取材されています。

20101124193555e8f[1]
〈読売新聞 1976年1月31日付 朝刊〉

読売新聞によると――

1972年秋に“ある人物”から京都で「ちょっと、警察の捜査対象になる物だ」と言われ、中身も確かめずに預かり、そのまま押し入れの天袋に入れておいたといいます。
中身を本当に知らなかったのか、という記者の問いには、「人から預かった物をのぞき見するような汚い根性は持っていない」と言い放ち、「私も政治活動をしていたので、警察が興味を持つもの、たとえばビラか何かを入れた箱だと思っていた。重さからみて爆弾とは思わなかった。もっともこんな変なかたちで“爆発”(社会に知られたこと)してしまったが」と、うそぶきます。

もちろん、預けた人物の名を言わない限り、この教師が第一に疑われるだけなのですが、「私が口を開けば、何人かの人がかかわりあいになるし、政治的信条を傷つけることになる。預けた相手を捜せば突き止めることもできるが、捜す必要もない」というのです。


記者と教師との不毛な一問一答は続きます・・・。

   あのような名画を盗む行為をどう思うか。
「いい事だとは思わない」

   それだったら、やはり真相解明に協力すべきではないか。
「われわれの年代には、警察が追いかけているから悪いヤツだというような、江戸時代的発想はない。連合赤軍のような殺人集団は別だが……。まして道義的責任は残るにしても、法的には時効でケリのついていることではないか」

   教職にある身との矛盾を感じないか。
「民間会社だったら勤めを続けられないだろうが、私の職場環境は非常にいいので、同僚もわかってくれると思う。PTA、生徒には私から説明する」

そして45分に及ぶ会見の最後に教師は「私をつるし上げるつもりでここに呼んだのか。最初の約束と違うではないか。これで終わる。生徒を待たしている」と、きつい口調で言い、席を立ったというのです。


事件の騒ぎで学校を休んでいたこの教師、6日後には教壇に復帰したようですが・・・。はたして授業になったのでしょうか・・・。


結局、捜査も時効の壁にさえぎられ、教師をそれ以上深く追及することも出来ず、今日に至るまで真犯人は藪の中・・・なのです。

ひとりの死者を出したのですから、興味本位で語れる事件ではないのですが、・・・不思議な・・・、もとい、不快な未解決事件ですね。


DSC00487[1] 〈平安神宮の大鳥居〉

あ、そうそう・・・。
ロートレックは浮世絵の収集にも熱心で、浮世絵の影響を受けたことはよく知られています。
彼には、墨で描いたデッサン「広重の手法による隅田川の風景」という作品があり、1972年に開催された「世界の文化と現代芸術展」という展覧会で盗難にあい、その後発見されていないのだとか。

ロートレックの絵には、観る者の理性を失わせる魔力でもあるのでしょうか・・・。


DSC04972[1]
〈1986年に竣工した新館の京都国立近代美術館〉





コメント

  1. おかちゃん | URL | -

    マルセル盗難事件のこと

    毎日新聞の連載でマルセル盗難事件に興味を持ちましたので
    検索したら、こちらに来ました。
    とても、興味深く真実を知りたいと思いますが、
    教師の方が頑なに、それ以上はなされないとなれば謎のままですね。
    でも、亡くなった方がおられるということは、家族や周りな方たちも
    つらい思いをされたでしょうね。
    とても、勉強になりました。ありがとうございます。

  2. t.okuno | URL | -

    おかちゃんさん、ご訪問ありがとうございます。

    ブログを書いた後に、まさか新聞の連載小説にこの事件が取り上げられるとは思いませんでした(笑)。

    絵の持ち主であった教師は、当時の新聞には実名で報道されていました。あえて、ブログでは詳しく立ち入りませんでしたが・・・ホント奇っ怪な事件です(盗む動機も見あたらないですし、しかも盗んだのが、この絵だけというのも・・・)。

    小説の題材としてはおもしろいのかもしれませんが、責任を感じてなくなった警備員さんやご家族を思うと、やっぱり不快な事件なのです。

  3. yosuke.f | URL | -

    とても印象に残ってる事件です。

    今朝の新聞の広告でマルセルの事件が小説になっているのを知りました。私は当時田舎の中学1年でした。懸賞金の1000万円という金額に子供心に凄いなあ、と思ったことを覚えています。                              歯科大学に入って1年の教養課程で非常勤のI先生から美学の講義を受けたのですが、大学2年か3年の時この事件の時効成立後、絵が発見された時に、新聞にI先生のコメントが載っていました。そうか、先生は当時の館長だったんだと知り、ああそれで責任を取って今こうされているんだなと思ったのでした。部下が一人責任を感じて犠牲になったことを悔やんだコメントを載せておられたのが印象深いです。

  4. t.okuno | URL | -

    yosukeさん、貴重なお話ありがとうございます。
    実は京都の人でも、案外この事件のことを覚えている人は少なかったようです。

    マルセルは無事戻ってきたとはいえ、
    亡くなった警備員さんや、辞任された館長さんのお気持ちを考えると、やるせないですね。

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