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ごめん その3

2010年10月25日 00:38

ごめん 著者・ひこ・田中 偕成社 1996年

ごめん 表紙


さて、映画『ごめん』の切ない恋物語にくらべ、小説『ごめん』は、セイと「チンチン」との葛藤がメインです(笑)。

葛藤のシーンがあまりにしつこく、読んでいてウンザリしてしまいます。
このウンザリを無視するように、さらに「チンチン」「チンチン」と文中では畳み掛けて出てくるものですから、
しまいには主人公・セイのつらさが身に沁みて感じてしまうのは・・・作者の狙いなのでしょうか(狙いだったら凄いです)。
まあ、それにしてもしつこすぎですけど(笑)。
映画では、このあたりをサラッと流しているのがいい方向に物語をもっていきましたね。

そして、テレビゲーム好きのセイ、プロレス好きのキンタ、猫に詳しいニャンコ。体が変わり始める男の子の悩みやクラスの気になる女の子のことを話し合える仲の良い3人。
この3人の友情物語も小説の場合は核になっていますが、映画では詳しく描かれていません。

さらに、セイの初恋は映画と同様ですが、大阪まで自転車で行くという映画のクライマックスにあたるくだりは小説にはなく、ナオコの引っ越しもありません。暇ながらも父親の喫茶店の営業は続くのです。


精通や友情や家族といった小説の世界は踏襲しながらも、あくまでセイとナオコの物語を中心に据えた映画『ごめん』における小説からの脚色は、ことごとく当たっているような気がします。


また、映画では職業が僧侶だった父親ですが、小説では平凡なサラリーマンだったり、母親がパート勤めだったりで、いるだけで存在感のあった映画での國村隼や河合美智子ほど、両親は魅力的でもありません。
しかしその代わりに、小説版のナオコの父親はセイにとって頼もしい存在です。「チンチン」の悩みも聞いてくれて(好きな子の父親なのに!)、さらには恋の応援もしてくれるのですから。


原作の発表から6年後に作られた映画を観ると、
まさか作者である、ひこ・田中氏がこの小説を性教育の入門書として書いたとは思いませんが、もう少し、「チンチン」のくだりは、淡泊でよかったのではないかと思ってしまうのです。

まあ、精通という切り口は、この作者でないと書けませんがね(笑)。





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