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花曝れ首

2010年10月20日 00:25

花曝れ首 赤江瀑 1975年

幻妖の匣 赤江瀑名作選
〈『幻妖の匣 赤江瀑名作選』(東雅夫編、学研M文庫)所収〉


短編「花曝れ首(はなされこうべ)」の初出は1975年11月号の「小説現代」。
講談社文庫版の『花曝れ首』はすでに絶版。現在は、『幻妖の匣 赤江瀑名作選』(東雅夫編、学研M文庫)で読むことができます。


失恋した女性が、あの世とこの世の境界である嵯峨の化野(あだしの)で、妖しであるふたりの童子と出会い恋の痛手を癒そうとするが・・・。



いにしえの風葬、土葬の地である嵯峨の化野。そこをたびたび訪れるのは失恋したばかりの篠子。
失恋をした日、雨宿りで世話になった竹細工屋の裏座敷で出会ったのが秋童と春之助だった。
まるで江戸草双紙や浮世本の極彩色絵図から抜け出してきたようなふたり。
秋童と春之助は江戸時代、「色子」や「かげ子」と呼ばれ、歌舞伎の舞台修行の傍らで色を売る家業に身をやつしていた。
そう、ふたりはこの世の者ではなく、篠子にしか見えない妖かしなのであった。

浮き世の行き止まり、苦界の憂さのつきる所。そんな場所で口舌なふたり、秋童と春之助と会っていると不思議と失恋の痛手も癒えるのだ。
ふたりは、薄情な彼のことなんて早く忘れてしまえ、と彼女を元気づける。

彼女が化野を訪れるようになってひと月が経った頃、篠子はふたりに失恋の顛末を語る。
篠子の彼は、年下の男の恋人をもっていた。
男の存在を知った篠子が彼を問い詰めるが、嘘のつけない優しい彼はただ黙り込むばかり・・・。
業を煮やした篠子が小雨の中、彼の車から飛び出し辿り着いたのが、秋童と春之助のふたりに初めて出会った竹細工屋なのであった。

篠子の告白を聞き、まだ彼女が彼のことを好きなままだということを知ると、ふたりの態度は一変する。
「この世は男と女の世界、それで天下太平やと、すんなりいうてる連中こそ、わたしにいわしたら、大あほや。なんにも見えてへん、大ばかや」と秋童が声を荒げる。「地獄が、怖うおすのんか? 修羅が、そんなに恐ろしおすか? 好いた男と見る修羅や。おちる地獄や。おちとみやす」。
そう言うと、秋童はいつも被っていたお高祖頭巾を剥ぎ取り、自らの顔を白昼に晒した。
大江戸日本橋の堀江六軒町花水楼の看板だったはずの秋童の顔に、深く刻まれたていたのは・・・無数の傷。
色恋に狂った果てに、相手に構ってもらおうと自らつけた傷だった・・・。



男色の世界に身を置き、歌舞伎役者として大成できなかったふたりの「色子」の妖かし。
男色は明治時代まで、武家や女人禁制の僧侶の世界では日常的に見られ、売春目的の「陰間(かげま)茶屋・若衆茶屋」も、かなり人気があったのだとか。
そして男色の恋人をもつ篠子・・・。
なかなか思いつきそうにない発想ですが、歌舞伎に造詣の深いこの作者ならではなのでしょう。
そして、この作者の作品にはホモセクシュアルの出てくる作品が多いのです。


いまだ熱狂的な読者をもつ赤江瀑。なかでもこの「花曝れ首」は「花夜叉殺し」とともに、人気の作品にあげられます。

怪奇譚の名手とか、妖変小説の旗手、耽美、幻想などという言葉で赤江瀑の小説世界は表現されますが、
この人の文壇的立ち位置がいまだあやふやなのと同じように、
同じプロの作家の中でも熱烈なファンがいる一方で、どうしても作品世界に馴染めないという人も多いようです。

ただこの作品で、篠子に向かって秋童が放つ、
「地獄が、怖うおすのんか? 修羅が、そんなに恐ろしおすか? 好いた男と見る修羅や。おちる地獄や。おちとみやす」
は、話の流れからいってもなかなかのセリフですよ(笑)。芝居好きの作者の真骨頂があらわれています。





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