ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊 その1

2020年08月25日 16:03

ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊

①20082523_R



漫画家の、うらたじゅんさんは2019年2月に亡くなりました。享年64歳。
2019年12月には、第三書館(東京都新宿区)から、600ページ以上に及ぶ『ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊』が刊行されています。
収録されているのは未発表も含めた80編以上の作品で、まさに不世出の漫画家・うらたじゅんさんの世界観に存分に浸れる一冊です。

彼女の作品は短編ばかりですが、作風はエロティシズムとノスタルジーが漂い、ユーモアあふれる作品にさえも、読後にはどこか感傷的な空気が流れ・・・。

うらたさんの作品には、少女時代に影響を受けたであろう江戸川乱歩の『少年探偵団』や、チャンバラ、映画、演劇、ヒッピー文化など、戦後から高度経済成長期にかけた懐かしい昭和の世相が色濃く表現されています。また、うらたさんの親世代が経験した学徒出陣など、戦争の影を題材にした作品「鈴懸の径」も秀逸です。

誰もが普遍に感じる私小説的なマンガの数々を読めば、(読者は実際には体験をしていなくても)懐かしい時代が思い起こされます。



大阪府枚方市出身のうらたさんの作品には、京都が舞台となったものも数多くあります。

「春幻夜曲」「RANDEN」「嵐々電々」「発禁・櫻御前」「河原町のジュリー」「うわばみのおキヨ」など。

⑦20082514_R《「RANDEN」》

⑧20082517_R《「うわばみのおキヨ」》


うらたさんは1954年に生まれ、高校卒業後の1973年、「京都予備校へ入学するが受講したのは数日のみ」「主に京都の街で音楽喫茶など転々とする。初期の作品はこの頃の体験をもとにする」と、本書末尾の年譜にもあります。
『幻燈』5号(2004年発行)のインタビューでも「京都のロック喫茶で『名前のない喫茶店』という店に、『ガロ』も『夜行』も置いていた。店内の障子には林静一の絵があって」と、思い出を語っています。

中学時代からマンガ雑誌『COM』や『ガロ』に触れ、学生運動にも影響を受け、ヒッピーの生き方に憧れ、寺山修司の天井桟敷など演劇への関心も寄せる中で、予備校で知り合った知人からもらった伝説の同人雑誌『跋折羅』(1971年創刊)を手にします。
「気に入ったから三号からは京都書院で買った。『夜行』はよく行っていたロック喫茶においてあったので読んでた。だから、そのころはどうやって生きていこうとか悩んでうろうろ出歩いてばかりいたから(後略)」(『幻燈』7号(2007年発行)のインタビューより)

その後、ヒッチハイクで北海道から鹿児島、石垣島へ。その時の経験が「南島」「浮浪漫歩 シーサイドホテル」「渡難」「ニライカナイの果て」などの作品にも生かされます。

さらに結婚や、長女の出産を経て、家事や育児の合間に漫画を描いて投稿。1988年には京都大学西部講堂を中心に活動した劇団「ZIGI」に娘とともに役者として参加します。

なお、うらたさんは18歳の頃に京都御苑の北にある喫茶店「ほんやら洞」にも足しげく通っていました。
「そこにきていた同じ歳の男の子たちが平均年令一八歳の劇団を旗揚げして、そのときは、お芝居より旅に出たい気持ちだったので、参加しなかったけど。その劇団は京大西部講堂を中心に何年か活動して、クロード・ガニオンの『Keiko』という映画を手伝って、主演した女の子もその劇団の子だった。その『Keiko』を手伝ったあとに解散したのかな。解散して何年かして、そのメンバーが、また『ジギ』という劇団を再結成した時に誘われたんですね」との興味深いエピソードも、『幻燈』7号のインタビューで語っています。





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