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浄蔵 その3

2012年01月30日 23:14

京都東山にも、浄蔵ゆかりの伝説、寺院が存在します。

「八坂の塔」で有名な法観寺(八坂寺)もその一つ。

今では、寺の伽藍が五重塔だけとなってしまった法観寺ですが、浄蔵は天暦年間(947年―957年)の頃に、この寺に寄住していて、その時、傾いていた八坂の塔を祈祷で一晩のうちにまっすぐに直したとの伝説はあまりにも有名。

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〈最初の八坂の塔は592年に聖徳太子によって建立されたとされるが、現在の塔は室町時代に足利義教により再建されたもの〉

また天暦4年、法観寺に強盗十余人が侵入したのを、護法善神を使って懲らしめ、その罪を諭したとの話も伝わっています。

護法善神とは、浄蔵が使役していた鬼神の守り神で、時に浄蔵はこの護法善神に鉢を持たせ、空を飛ばせて托鉢に行かせていたことも。
しかし善神は常人にはその姿が見えず、空中を鉢だけが飛んでいたことから、人びとからは気味悪がられ恐れられてもいました(他にも「鉢飛ばし」で有名なのが『信貴山縁起絵巻』で知られる僧・命蓮です)。

八坂法観寺
〈安永9(1780)年刊行の『都名所図会』より 八坂法観寺〉


また、八坂の塔の隣にある「八坂庚申堂」も開基は浄蔵。

八坂庚申堂は日本最初の庚申信仰の霊場として、江戸時代には大坂四天王寺の庚申堂、江戸入谷の庚申堂とともに日本三庚申と呼ばれ、とても栄えていました。

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庚申信仰とは、人の体に生まれ持って巣くう“三尸(さんし)の虫”が60日ごとに訪れる庚申(かのえさる)の日に、天帝(閻魔大王)にその人の日頃のおこないを報告に行く日とされ、悪事により寿命を縮められることを恐れた人びとが、一晩中寝ずに夜を明かすこと。三尸の虫は人が起きている間は、体から出ないとされていることから、庚申の日を寝ずに明かすことを「庚申待ち」といいます。
平安時代の宮中でも盛んに行われ、江戸時代には広く庶民にもその信仰が根づいていました。

三尸の虫を食べる神として崇めらた八坂庚申堂の本尊・青面金剛は、もともと京都の豪族・秦氏の守り神。中国伝来の本尊にして秦氏の氏神との性格を持って祀られていたものを、浄蔵が一般の人も気軽に参拝できるようにと、天徳4(960)年に八坂庚申堂として創建したのです。

現在も八坂庚申堂では庚申の日に一晩中“お籠もり”が行われ、接待として出される「こんにゃく焚き」は、浄蔵が父・三善清行の病気の際に祈祷にこんにゃくを捧げたところ無事に治癒したことに由来しているのだとか。

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また浄蔵が亡くなったのは、現在の高台寺付近にあったという雲居寺(現在は廃寺、別名、八坂東院)でした。


安倍晴明のように昨今のブームとは縁の遠い浄蔵貴所ですが、その霊力、法力は1200年の京都の歴史の中でも随一と言っていいほどの人物なのです。





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