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幸神社

2011年12月23日 01:13

幸神社

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相国寺や同志社女子大学の東側、今出川より北に“上がった”町なかの住宅街に佇むのが「幸神社」。幸神社と書いて「さいのかみのやしろ」と読みます。

知る人ぞ知る、鬼門封じで有名なお猿さんのいる小さな神社です。

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境内は狭いながらも、御所の「猿が辻」の猿、この「幸神社」の猿、そして修学院の「赤山禅院」の猿で、御所の北東・鬼門を封じているという由緒ある社なのです。

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社伝によると、祭祀の起源は神代にさかのぼり、天武天皇の白鳳元年に“再興”(創建ではなく、再興です)。平安京の造営に伴い、皇都守護の鬼門除け守護神として出雲路道祖神として造営されたのだとか(現在の出雲路橋付近でしょうか)。

社名が「幸神社」となったのは、江戸初期に現在地へと移されてから。
かつての大内裏と、現在の京都御所とでは位置が違っていることもあり、現在の鬼門にあわせて移されたのでしょう。

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祀られている主祭神・猿田彦(サルタヒコ)は交通安全の神として、その妻・天細女命(アメノウズメ)は芸能の神として、そしてこの二神をもって夫婦和合の神として崇められ、境内には「石神さん」とよばれる奇石があり、この石に祈ると縁結びの霊験あらたか、との言い伝えがあります。

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〈祭神の猿田彦が生殖・子孫繁栄の神であったことをうかがわせる猿田彦神石という奇石「石神さん」〉


そして鬼門封じとして、御幣を担いだ日吉山王の神の使いである猿の木像がひっそりといるのが、社の東側。この猿は左甚五郎の作なのだとか(苦笑)。

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〈皇都への邪気の進入から御所を護るため、表鬼門に当たる東北の空を雲上にて眺望する姿・・・です〉


さらに天細女命(アメノウズメ)が芸能の神であることからか、社伝では歌舞伎踊りの創始者・出雲の阿国は京都の出雲路あたりで生まれ、一時、この社の稚児・巫女として仕えていたのだとか・・・(そう、この社によると出雲の阿国の“出雲”は“出雲国(島根)”ではなく京都の“出雲路”ということになっているのです)。


ちなみに京都御所の「猿が辻」は塀が凹んだ北東の、ここ。

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そしてこれが「猿が辻」の軒下にいる猿・・・。

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