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偽れる盛装 その3

2011年11月26日 22:44

『偽れる盛装』のなかでも少し唐突に思える場面が、妙子(藤田泰子)の友人で、東京から父親の講演旅行のお供として京都に降り立った雪子(北河内妙子)のセリフです。

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妙子と恋人・孝次との仲がうまく進まないことを心配した雪子。二人は四条大橋袂のビル(東華菜館)の屋上で休んでいて、雪子は鴨川の東に広がる甍を見下ろし妙子に言います。

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「京都は幸い戦災を免れたけれど、それが京都にとって幸せかどうだったかはわからないわ。古い歴史の跡は保たれたけれど、その代わりに封建の匂いも強烈に残したわ。それが、あの綺麗な屋根瓦の下に根強く残ってるわ」
そして東京に来ることをすすめるのです。

京都の中でも封建の匂いが最も残り、因習深い花街・・・そして、この映画で重要な役割を果たしているのが、鴨川と宮川町の間に南北に走っている京阪電車でした。

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この電車の踏切を、因習漂う花街の内と外としてとらえ、痴情のもつれの末に踏切を渡れず刺された姉と、恋人とともに踏切を渡って東京へと向かう妹たちとの対比。見事な演出装置として電車の踏切が使われているのです。

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このあたりの演出は監督の吉村公三郎とともに、実際の宮川町界隈で町の実態を聞き取りをするなどして脚本づくりに臨んだ脚本家・新藤兼人の調査のたまものでもあったのでしょう。


また君蝶(京マチ子)は、ただ人に対してドライなだけの女性ではありません。
置屋「島乃屋」の芸妓・福彌(柳恵美子)が肺を病んで寝込むと、甲斐甲斐しく世話をしてやる妙子やきく(滝花久子)とは対照的に、「気持ちの張りがたらんさかいに病気に取りつかれるねん」と冷たいセリフを吐きもしますが、福彌が亡くなると陰ながらに涙をこぼし・・・。
そして、芸者として花街に生きる自分は根深い因習に抗えないことはわかりつつ、その世界に足を踏み入れている自分の幸せは諦め、泣き言は言わず、愚痴もこぼさず、ただ堅気の真面目な妹だけは母や自分とは違って、外の世界で幸せになって欲しいと願う姿に女の哀切が漂っているのです。
『祗園の姉妹』のおもちゃのように、泣き言を言い、姉に当たり、金に割り切った男関係のドライさとは、また質が違うのです。

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さらに、「芸者もの」に登場する男は、単なる好色であったり、保身に走ったり、女に泣きついたりするダメな男・・・というのが定番で、実際『偽れる盛装』では君蝶を刺す山下(菅井一郎)はその典型なのでしょう。
しかし、この作品の冒頭で、金がなくなり君蝶に振られるブローカー・笠間(殿山泰司)が、そのあと鴨川の橋の袂で屋台の一杯飲み屋を出して健気に働く姿が描かれていたり、
頼りないながらも孝次(小林桂樹)は妙子とともに東京に行くという決断をするなど、今までの「芸者もの」に登場する男とは違ったキャラクターを描き出したことで、ステレオタイプの人情劇とは趣の違う作品に仕上がってもいるのでした。

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ちなみに、1964年には新藤兼人自らが脚色しなおし、東映の村山新治監督が『肉体の盛装』としてリメイク。主役・君蝶には佐久間良子、妹の妙子には富司純子が演じています。





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