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哥 その3

2011年12月11日 02:08

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日に日に衰弱していく淳を心配した和田は徹からの相談もあり、強請のあとで二度と会わないと言われていた康に、事の顛末を説明するため京都へ。淳が自分の弟だと薄々感じている康は彼を心配し、急いで別宅に帰るも、淳は「いっぺん口にされた言葉は、消されへん。時間を坂のぼらん限り」と食事を拒否しつづけます。

家という概念と、時間の概念にあくまでこだわりつづける、淳。

康夫婦と徹が揃った別宅の居間では、財産分与の話がなされ、その話を聞きつけた淳は這々の体で二人に訴えるのです。

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監督・実相寺昭雄、脚本・石堂淑朗といえば・・・そう、劇中に必ず挟み込まれる、その作品の核となる緊迫した登場人物同士のやりとり。
そして『哥』の場合は、淳が唯一感情をむき出しにする、この場面がそうでした。

淳「それだけはやめて下さい。山を売るのはやめてほしいのです」
康「淳、お前はどうしてこれまで森山家を大切に思ってるんや。売られてバラバラになって人手に渡っていくのは、何もうちの山林だけやない。日本中どこでもそうなんや」
淳「そやし・・・そやしお願いしてるんです。森山家だけは、バラバラになったらあかんのです。森山家の土地こそ、最後の砦でなければ、あかんのです」
康「何のための砦や? もう日本には守るべき価値のあるものは何一つないと思うんやが」
淳「そうです。そやから必要なんです。中身はのうなっても、形さえあったらいずれ必ず中身は・・・命は復活します。その形のために森山家の自然、古い山が必要なんです。これを失うたら、我々は魂の拠り所である形を失うんです!」
徹「魂なんていらねえんだよ、淳。日本はもう滅びたんだ。今さら手遅れだ。ヨーロッパもアメリカも日本も、もう滅びたんだ。要するにね・・・世界なんかありゃしないんだ。世界そのもの、存在そのものが、一つの夢なんだ。この宇宙を構成している無機物の気まぐれの一つなんだよ。・・・おい、下男! 山林を売ったらな、少しはお前にも金をやる。その暁にはハッタイ粉を浴びるほど喰うてくれ。ハハハハハハ・・・」
淳「そこまで考えになっていて、あなたは・・・なぜ、自殺しはらへん?・・・」
徹「・・・それは・・・自殺もまた夢の一つに過ぎんからさ・・・」

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う~ん、やはり前二作に比べれば、少し弱いのです。ここで説明された淳の行動原理の動機づけがネ・・・。そこが最も、この作品に入り込めなかった理由でしょうか。



映画の最後は、康夫婦と徹、そして淳の四人が車に乗って山林を見に行く場面。資産である山々を見渡し、数十億の金が手に入りそうだと話し合っている三人の姿がありました。

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そして同じ頃、本宅にいた伊兵衛と妻・ヒサノは、遠くの山に灯った狐火を目にします。
しかし、その狐火は狐火ではなく、康夫婦と徹の三人を乗せた車が燃える火で・・・。

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森山家の山林を守った淳もまた、本宅につづく長い石段の下で息絶えるのでした。

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ところで・・・「哥」って、どういう意味なんだろう?





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