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曼陀羅 その5

2011年11月01日 00:06

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場面は一転、京都に戻った裕は刀剣商で一振りの日本刀を手にします。代金の500万円は真木が経営していたモーテルを売り払ったものでした。

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〈ロケで使われたのは京都で(ある意味)最も有名な東大路通りの古道具屋「鈴木古道具店」。店主役には実相寺作品常連の原保美です〉

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そして・・・何事かを決意した裕が向かおうとする先は・・・東京。まなざしに宿るものは・・・破滅に向かう狂気。

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実際、学生運動にドロップアウトした少なからずの若者が自殺に走り、その他の少なからずの若者が田舎での原始共産社会を夢見て、小さなコミューンのような共同生活をして暮らしていたというのは、当時の日本では珍しくないことでした。また、ヤマギシズムのような団体に加入する全共闘世代の人々が1970年前後に増加したのも、その一例です(もちろん、この物語に出てくる信一のような心境だったかどうかは知りませんが)。自殺という究極の絶望に陥らないための最後の砦が、内部完結している(カルト)宗教や(カルト)コミューンだったのでしょう。

題名の『曼陀羅』は、仏教の宇宙観を感得するための秩序の元に完成された(閉塞した)宗教的世界観をあらわしていると同時に、
ユング哲学を論じる上で語られるのが、しばしば精神病患者が曼陀羅のような絵を自発的に描くことで精神の均衡を保っているという逸話。

そんな若者たちの姿を、同時代的に瞬時に切り取ったこの作品は、ただ、それだけで評価されるべき映画だと思うのです。

いずれにせよ、妻というカリスマを失った真木率いるユートピアの住民が、(難破という天災であろうとも)滅ばざるを得ない運命にあったのは物語の上では(実際の社会の上でも・・・かな)必然の終わり方なわけで・・・。

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京都駅に向かう裕が、その途中に立ち寄った書店では、三島由紀夫、高橋和巳の著作が列んでいました。
三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしたのが、1970年11月25日。
全共闘世代に最も読まれた作家のひとり・高橋和巳の『捨子物語』が出版されたのが1968年、『わが解体』の連載が1969年。

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しかし、そんなベストセラーの著作には目もくれず、裕が手にするのは・・・万葉集の文庫本(映画の前半、信一の下宿で、何度もアップになった書物が野島秀勝著『「日本回帰」のドン・キホーテたち』でもありました)。

そして日本刀を携え、東京(おそらく国家の象徴・国会議事堂)に単身乗り込もうとする裕に待っている運命も、“個人にとっては”破滅でしかなく・・・。

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コメント

  1. 胡桃子 | URL | -

    はじめまして

    懐かしいですね。
    かつてATG映画の全てというイベントが千石であった時、回数券を買って通ったものです。
    実相寺監督の映画も好きで、イベント後も何度か見に行きました。
    監督のご実家は私の実家の近所で、時々お姿をお見かけしました。
    今は奥様が住んでいらっしゃるようです。

  2. t.okuno | URL | -

    コメントありがとうございます。

    千石というと三百人劇場でしょうか(噂でしかその存在は知りませんが)。
    回数券っていうのがいいですね(笑)。
    あの頃の日本映画、とくにATGはホントに秀作ぞろいです(好き嫌いは分かれるのでしょうが)。

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