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無常 その5

2011年10月03日 01:28

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「私が仏像に惹かれるのは、全ての仏像に共通の、あの不思議な笑いのためです。実にあれは無そのものの表情や。見ていてゾクゾクするのは、あの仏の笑いだけや。あれは自分の教えが皆嘘であることを知っている顔です。仏の笑いは実に平衡がとれていて、少し冷とうなっても、笑いが多なってもダメや」

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「君はそんな心で、あの観音さんの制作に参加し、それをうちの寺に持ち込もうとしているのか?」

「先生と私の血を吸うて、観音さまはにこにこ笑っていなさる」


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ついに観音菩薩が完成した。しかしそれと同時に、正夫は実家に戻る事を決めていた。

正夫が居なくなった森の家では、令子が義理の息子・康弘を誘惑し・・・。そして実家に戻った正夫と百合は元の男女の関係に戻り・・・。

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さらに仏師の森は仏像制作に精魂使い果たしてしまったのか、令子との営みの最中に腹上死してしまった。


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師匠・森が彫った観音菩薩が荻原の寺に納められる日。「君にはもうこの寺には来てもらいとうない」と荻原から拒絶された正夫だったが、観音菩薩を一目見ることを最後、と城跡に上る。

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仏像の付き添いで城跡に来ていた康弘は、父親の死は正夫のせいだと決めつけていた。

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そんな彼の感情を逆撫でするように、彼の前に姿を現した正夫が「令子さんはどうしたはりますか? まあ、あんたもしばらくは、あの女を慰めてやることや。それが先生の一番の供養かもしれんな」と、せせら笑った。その姿に康弘は逆上し、寺に奉納しようとしていたノミを握って正夫に襲いかかった・・・が、格闘の末、そのノミ先は康弘の胸に突き刺さる。


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ここで場面は一転。
幻想世界の海岸線がつづく世界で亡くなったはずの祖母(菅井きん)とともに、海岸に埋めてあった巨大な鯉を正夫が掘り起こし・・・。
「この鯉は人間をたらふく食って、よう肥えとるのや」そう言って祖母が鍬で鯉の腹を割くと、中からはたくさんの小石が出てきて・・・。

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映画の最後は、小さな子どもの手を引いた百合が、山門につづく長い石段を一歩一歩上っていく姿で終わる。

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あえて、この作品に不満を見つけるなら、祖母が登場以降の場面と終わり方でしょうか。最後を観る側の想像力に委ねてしまった点が、少し投げやりな感じがしないでもなく・・・。

ただ、この作品が名作たる理由は、“間違った存在”であっても“まわりに地獄をもたらす存在”であろうとも、正夫の行動原理が僧侶・荻野に対して語った通りに一貫していたということ。
そして、その正夫の理屈が、建前でしか物事を語らない仏教者・荻野よりも説得力をもっているように感じさせた石堂淑朗の秀逸な脚本と、監督・実相寺昭雄の演出手腕が凄まじかったということに尽きるのでしょう。





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