--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

八月の犬は二度吠える その2

2011年08月22日 23:52

その頃、文芸サークルからミニコミ誌の編集へとサークルを移っていた山室でしたが、相変わらず、浪人時代のような胸ときめく生活はえられません。
もちろん大学二年目の夏も、西賀茂寮へと向かいます。
新幹線が京都駅のホームに滑り込み、速度を落としていくだけで、山室は失くした何かを取り戻しにきたような気持ちになった。
バスに揺られ、御薗橋で降り、西賀茂寮の玄関に立てば、何かになろうとしていた自分が、「やあ」と声を上げて迎えてくれるような気がした。

一年ぶりに長崎と近況を話し合い、大学生活に落ち込んでいた山室を慰める意味からも、長崎が近くの上賀茂寮の寮生たちと合同の“花火大会”を提案します。
しかし、そこはお祭り好きの長崎や、鬱屈している寮生たち。ただの花火大会では終わりません。
山室ら大学生になった元寮生からカンパを出させ、集まった五万円すべてでロケット花火二万本を購入。段ボール四箱分のロケット花火が御薗橋から歩いて五分ほど上流の賀茂川の土手に持ち込まれ、左右に西賀茂寮生、上賀茂寮生がそれぞれ陣取り、いつしかロケット花火大会は両岸からの撃ち合いに。
長崎も山室も、笑いが止まらなかった。長崎は笑いすぎて、ヨダレが出ていた。山室は興奮してうまく火をつけられなかった。たしか、こんなことをしたいと子供の頃に思ったはずだ。ロケット花火で対決する。わいわいがやがやと興奮しながら、ロケット花火を撃ち続ける。それが、今、実現しているんだ。

賀茂川の両岸を何十本と交差する光の矢。音を聞きつけた大学生や子供たち、近所の見物人が集まって壮大な盛り上がりを見せますが、山室が望んでいた「ロケット花火が作り上げた、幻の解放区」は、そう長くはつづきません。

ロケット花火は、一本また一本と近くの民家まで届き、それに激怒した住民の通報で駆けつけた消防隊員がやってきて、長崎の「逃げろー!!」のひと声で、四十名近くいた若者たちは一斉に逃げ出します。
犯罪スレスレ、捕まるかもしれないというスリルに興奮する山室たち。この興奮は彼らにとって忘れられない快感となり、後の「八月の犬」作戦へと繋がるのです。

上賀茂橋DSC04642_R 〈御薗橋から北に行った辺り〉


1981年の夏、大学三年になっていた山室はまたしても京都を訪ね、そこで長崎、吉村さん、関口、伊賀、久保田の六人で富山までキャンプに行きました。
その静かな星の多いキャンプ場でもロケット花火を楽しみますが、もちろん去年のおもしろさとは比較になりません。そして賀茂川の土手での興奮が忘れられない六人が、あの時の様子を“大文字焼き”での人出の多さと比較していた時、山室がふと口にするのです。
「来年て、戌年だよな」
「そうだけど?」長崎が、それがどうしたという声を出した。
「大文字焼き、戌年の来年だけ、犬文字焼きになったら面白くないか?」
(中略)
山室は、このメンバーなら、来年、本当に犬文字にできるかもしれないと思った。そして、大文字が犬文字になって燃えている風景を想像した途端、心臓が痛いほど鳴り始めた。

彼らの計画は緻密で、かつ、ある程度の節操を保っていました。
送り火の前日に大文字山に登って二十四時間のタイマーで点灯できる装置を考えるのです。色彩の統一感にもこだわり、さらに遠くからでもよく見えるようにと京大工学部に通う久保田が“フォグランプ”を提案し、長崎は点灯してから五分後に消えるタイマーも必要だと言います。
「大文字焼きは、公式には三十分。でも、実際は、十五分ぐらいしかなかったじゃないか。その間、一杯、写真を撮って、次の年のポスターとかカレンダーにするんだよ。でもさ、その時ずっと『犬』だったら、いくら温厚な京都の人でも、さすがに怒るんじゃないか思うんよ。迷惑かけっぱなしはいかんじゃろ。だから、『犬文字焼き』にするのは、正味五分。あっと言う間に現れて、あっと言う間に消える。幻だと思う人もおるだろう。けれど、それは存在する。実在にして幻。それが『犬文字焼き』じゃ」
この壮大なイタズラにして、京都人をもおもんぱかる彼らの奥ゆかしさ(笑)。

そして一年間の試行錯誤の末に、木枠で田の形を作った中に四つのフォグランプをはめ込み、照明用の炎色のカラーシートを貼り、さらにもう一枚、ライトの前に風で揺れるようにカラーシートを吊るすという、なんともホンモノの炎に見まがう凝りに凝った「、」を生み出します。

百万遍DSC04489_R 〈百万遍〉

しかし、実行が迫った戌年の七月の終わり、山室は暗鬱な思いでこの計画に望んでいました。その複雑な思いの中心には、ちょうど一年前に紹介された長崎の恋人・麻木有希子の存在があったのです。
人に真剣に恋をしたこともなかった山室は、いつしか長崎の恋人に好意を抱いてしまっていて、東京が実家だった有希子と東京の街なかで偶然遭遇し、それからは寝ても醒めても思うのは彼女のことばかり。夏休み期間中に東京に戻って喫茶店でアルバイトをしている有希子のもとを訪れ、成り行きから二人で入った映画館で、思わず彼女にキスをしてしまいます。

それ以来、彼女に会うのが気まずくなり、実際、計画の実験のため冬休みに京都へ赴いた際にも、長崎の恋人だった彼女が七人目の計画の同志として参加しながらも、山室に目も合わせてくれない態度に、反省と自責の念ばかりが募るようになって・・・。

そして、もう計画には参加しないでおこうと決めていた山室のもとに、計画実行三日前にかかってきた有希子からの電話。
さらに、計画の前日に西賀茂寮に着いた山室たちを待っていた、計画を中止にせざるをえなかった絶望的な現実・・・。

その一連の出来事は、「八月の犬」計画を頓挫させただけではなく、山室を仲間のもとから引き離すには十分すぎる事件でした。





コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://2ndkyotoism.blog101.fc2.com/tb.php/321-f04a4812
    この記事へのトラックバック


    Twitterボタン

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。