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風船 その2

2011年08月26日 02:25

映画『風船』の原作は、1955(昭和30)年1月から9月まで『毎日新聞』に連載された大佛次郎の同名小説。

脚色は、監督である川島雄三と、当時チーフ助監督をつとめていた今村昌平。川島監督の愛弟子でもある今村にとっては初めて映画の脚色に携わった作品で、次の年の『幕末太陽傳』(監督・川島雄三、1957年、日活)では田中啓一、川島雄三と共に脚本に名を連ね、映画の評判の高さと相まって今村の名を世に知らしめることとなりました。

WS000860_R.jpg 〈京都国立博物館〉

川島雄三作品の特徴として、“監督独自のシニカルな目線による重喜劇”が挙げられますが、この『風船』はあくまでシリアスな一作。
この作品のモチーフを有り体に言えば、戦前と戦後の世代間の者の考え方から来る齟齬や価値観の違い。そして戦後10年経って、復興の目処も立った時、本当の幸せとは何なのかと、ふと立ち止まって考えてみた・・・というような、決してこの時代には珍しくない映画の主題ではあります。

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しかし、この映画は・・・、

村上圭吉(三橋達也)、シャンソン歌手・三木原ミキ子(北原三枝)、圭吉の母・房子(高野由美)の微塵も画面から伝わらない魅力のなさ(もちろん、これはこれで、映画の演出としては成功しているわけですが・・・)。

それに対し、小児麻痺を患い、無垢で純粋なまま育った村上珠子役の芦川いづみ(多くの作品でヒロインを務めた芦川いづみですが、そのなかでも最も輝いていたのが、この作品です)。

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そして京都で姉弟睦まじく暮らす阿蘇るい子(左幸子)、達次郎(牧真介)。

この両極端のキャラクター豊かな人物設定に加えて・・・、結局、人に対して冷淡にもなれきれず、山名久美子(新珠三千代)の自殺にも心を痛めるナイトクラブの経営者・都築正隆(二本柳寛)のような配役も加えて、単純でありきたりな“世代間の相克”を超えた見応えのある名作に仕上がっています。



村上春樹(森雅之)が昔世話になった下宿先の娘・阿蘇るい子(左幸子)の写真を見かけるのは、三条河原町の「ムツミ堂」。

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そして、るい子が勤めるバーが、かの有名な「おそめ」。
店主の“おそめ”さんこと、上羽秀さんは、川口松太郎の『夜の蝶』のモデルとなった有名マダムで、京都のほかに銀座にも店を構えて飛行機で両店を往復していたことから、“空飛ぶマダム”との異名もありました。

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当時、木屋町にあった「おそめ」には、小津安二郎、里見、吉井勇、川端康成・・・と映画関係者や文豪たちの多くが贔屓にしていて、もちろん『風船』の原作者・大佛次郎もそんな馴染み客の一人だったのです。
今では生きる伝説となった“おそめ”さん自身も、映画の中では本人役で登場。

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また、この映画は、映画衣裳の分野で活躍しつつあった森英惠が「衣裳デザイン」として初めてクレジットされた作品としても知られています。


芦川いづみのデビューのきっかけは、松竹歌劇団に属していた頃、ファッションショーの出演中に川島雄三監督に見いだされ、同監督の『東京マダムと大阪夫人』に起用されたこと。そして川島監督が1955年に松竹から日活に移ると、芦川いづみも松竹歌劇団を退団し日活に入社するほど、監督と役者としての信頼関係があったからこそ・・・この作品でのように彼女の純粋な可愛さが映し出されもしたのです。

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この『風船』には数々の京都の名所が登場します。特に、劇中の中ほどでは、父親に連れられ京都にやってきた珠子が、るい子とともに観光バスに乗り町を巡ったりもしています。

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〈観光バスから眺める八坂神社〉





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