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醍醐寺(下醍醐) その2

2011年09月10日 00:30

境内でまず目に入るのが、国宝の「金堂」。

DSC03533_R.jpg 〈金堂〉

もともと平安後期に建てられていた金堂が二度の焼失に遭い、現在の伽藍は秀吉の命によって紀州の湯浅から移築され、秀頼の時代の慶長5(1600)年に完成しました。

DSC03536_R.jpg

内陣に安置されている薬師如来坐像(重要文化財)が本尊です。


そして、醍醐寺の中でもっとも文化財的価値があるのが金堂と同じく国宝の「五重塔」でしょう。なんといっても京都で最古の木造建築なのですから。

DSC03549_R.jpg 〈五重塔〉

応仁の乱で、伽藍の大部分を失いながらも、これだけが創建当時から残っているのです。

この五重塔は醍醐天皇の菩提を弔うため、第一皇子であった朱雀天皇が承平6(936)年に着工し、第二皇子の村上天皇の天暦5(951)年に完成したもの。高さはおよそ38メートル。そのうち屋根の上の相輪は約13メートルあり全体の三割を占めているのも特徴の一つ。

DSC02294_R.jpg 〈五重塔の相輪〉

天正13(1585)年の地震では軒が垂れ下がる被害を受けたり、昭和25(1950)年の台風で被害を受けたものの、現在にまで至っているのです(昭和29年から35年にかけて全面的な解体修理が行われました)。

また、初重内部にある両界曼荼羅や真言八祖の壁画は平安絵画の重要遺産として、建物とは別に国宝に指定されてもいます。


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〈清瀧宮本殿(右)と拝殿(左)〉

五重塔の西にある醍醐寺の鎮守社。上醍醐にあった清瀧宮の分身を移したもので、現在の社殿は永正14(1517)年に再建されました。


DSC03555_R.jpg 〈不動堂・護摩道場〉

五体の不動明王像を安置し、堂前では柴燈護摩が焚かれます。


DSC02298_R.jpg 〈大講堂〉

下醍醐の伽藍の中でも上の方にあるこの「大講堂」を中心とした林泉や弁天堂、鐘楼、伝法学院等を総称して大伝法院といい、醍醐天皇一千年御忌を記念し、昭和5(1930)年に造築された、比較的新しい伽藍群です。

DSC03578_R.jpg
〈大講堂から見た弁天堂と弁天池〉

大講堂の堂内には平安末期に製作されたといわれる醍醐寺最大の丈六の木造・阿弥陀如来坐像が祀られています。


下醍醐の見どころは、京都で最古の木造建築を謳う五重塔くらいで、比較的広い境内にポツリポツリと立つ伽藍の印象は閑散としたもの。残念ながら600円の感動は得られませんでした。


そして、下醍醐の伽藍を上っていった先には・・・回転式のゲートが・・・。しかも「再入場はできません」との念押しです(苦笑)。

DSC03586_R.jpg





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