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パッチギ! その5

2010年09月25日 23:30

あの日の「イムジン河」を松山氏に再び思い出させたのは、フォークソングの世界でした。
デザイナーを志していた松山氏と高校時代から顔見知りだったのが北山修。
そして北山修とともに加藤和彦が中心になってコミカルな曲を演奏していた風変わりなフォークソンググループ「ザ・フォーククルセダーズ」。
松山氏は彼らのポスターを描いたり裏方として関わることになります。

ヴェトナム戦争が激しくなり、若い兵士が命を落とす中、「ぼくらにできることといえば、なるべく早くその哀しみにあふれた戦争をやめさせるために、NOを言いつづけること」しかありません。松山氏は反戦の歌を歌う仲間のために、コンサートでヴェトコンの側からヴェトナム戦争をとったフィルムを映写したりもしました。
当時はアメリカ側からの一方的な報道や映像しかなかったからです。

ある日、お好み焼きを食べながら松山氏はすでに親友となっていた加藤和彦に相談します。
中学生の時に心を動かされた「イムジン河」をフォークルで歌ってくれないか、と。
すぐに松山氏とフォークルのメンバーとが集まり、「人間どうしが持ってしまう差別の感情、僕ら戦後すぐに生まれたベビーブーマー世代に、重くのしかかる競争の時代を、よりよい時代にしていくために、まずはぼくらの身のまわりの現実を見つめなくては」と、自分の思いを松山氏は訴えます。
その熱い思いにフォークルも協力することとなり、練習を始めるのです。

ところが、歌詞はハングルの1番と日本語の1番しかありません。歌うには短すぎると、松山氏が2番と3番の歌詞を書き加えることとなります。
北朝鮮に帰っていった友だちのことを思い、また、世界で起こっている不幸な紛争を思い、「いつの日か、夢に見た日がやってくる」と信じて。


イムジン河


イムジン河水清く とうとうと流る
水鳥自由に 群がり飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河水清く とうとうと流る

北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの

イムジン河空遠く 虹よかかっておくれ
河よ想いを 伝えておくれ
ふるさとを いつまでも 忘れはしない
イムジン河水清く とうとうと流る


作詞:朴世永 作曲:高宗漢 訳詞:松山猛



原案であった『少年Mのイムジン河』は、映画よりも素朴でささやかながらも、いい物語です。

少年Mのイムジン河_20100925215522 〈大石橋より北を眺める〉





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