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おもちゃ その1

2012年03月16日 23:44

おもちゃ 監督・深作欣二 1999年

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原作と脚色は新藤兼人。新藤兼人の師でもある溝口健二の作品『祇園の姉妹』のオマージュとして新藤が執筆した小説を、深作欣二が監督として制作しました。


舞台は売春防止法が施行される直前の1958(昭和33)年。京都の花街にある置屋「藤乃家」で仕込みとして働く“時子”。
西陣の貧しい織屋に生まれた彼女が、女将と三人の芸妓に仕えながら、礼儀作法、芸事を習得し、一人前の舞妓“おもちゃ”として水揚げされるまでを描いた物語です。

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そもそも、『祇園の姉妹』(1936年、第一映画社)で山田五十鈴が演じた芸妓の名が“おもちゃ”でした。
膳所裏と呼ばれる庶民的な花街・祇園乙部を舞台に、負けん気の強い芸妓たちの生々しい生態を描いたのが『祇園の姉妹』で、ことさら勝ち気な性格の“おもちゃ”はことあるごとに、同じ芸妓で姉でもある梅吉(梅村蓉子)の生き方に反発します。
情深い姉に対して「男はあてらを慰みものにするために、ここへ遊びに来てはるのやないか」と客との付き合いを単なる商売と割り切り、「なんで芸妓みたいのもんが、この世にあるんや」と自らの生業に疑問を感じながらも、花街の中で生き続けなければならない宿命にある悲しい芸妓の姿が、そこにはありました。


しかし、新藤兼人の原作は『祇園の姉妹』のオマージュとして書かれてはいるものの、山田五十鈴演じる“おもちゃ”と、映画『おもちゃ』で仕込みを演じる“時子(後に舞妓“おもちゃ”に)”との性格は、むしろ対極。

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花街に生きる娼妓や芸妓、舞妓を主役とした作品でありがちなのが、彼女たちを時代や社会から「虐げられた者」「悲しい存在」として一元的に捉える演出方法でした。
しかし、この『おもちゃ』では主演の宮本真希演じる時子が、手際よく淡々と「仕込み」の仕事をこなしていき、劇中のクライマックスである「水揚げ」(舞妓がスポンサーである旦那と初夜を過ごします)の場面に至っても涙一つ見せず、「体は売っても心は売らない」とでもいうように割り切って“堂々と”78歳の旦那に身を任せる場面が、何とも清々しく、その健気さがむしろ哀しくもあるのです。

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五社英雄監督チックな一連のドロドロとした花街が舞台の愛憎劇を予想していただけに、深作欣二が“おとなしく、したたかな女性像”を描いていたことが、いい意味で期待を裏切られ、新鮮なのでした。


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もちろん今の花街では、借金のカタに芸妓や舞妓になる女の子もいないでしょうし・・・、さらに大枚を積んで旦那となる甲斐性のある御大尽もそうはいないはずで・・・、「水揚げ」といっても今は舞妓となる事を指す言葉として残っているだけ。

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舞台は京都の花街といっても漠然と祇園あたり、としているようです。雰囲気的には宮川町でしょうか・・・。宮川町歌舞練場もたびたび登場していて、しかも娼妓と芸妓が入り交じっている雰囲気もあって・・・。





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