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京都大学の近代建築 その4

2011年07月15日 00:30

京都大学 尊攘堂(文化財総合研究センター資料室、1903(明治36)年竣工)

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そもそもは吉田松陰が勤王の志士を祀るため、京都に尊攘堂の建設を計画していましたが、1859(安政6)年に刑死します。吉田松陰の門人であった品川弥二郎が師の志を受け継ぎ1887(明治20)年に高倉錦に尊攘堂を建造。勤王の志士の霊を祀り、収集した史料や遺品など納め、建物は人々の参拝の対象ともなっていました。

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品川の死後、知人たちによってその頃創立されたばかりの京都帝国大学に建物と資料を寄贈することが決定し、1903年に新築の建物として竣工しました。設計者は不明です。

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京都大学 学生集会所(旧第三高等学校学生控所、1912(明治45)年竣工)

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設計は、山本治兵衛と永瀬狂三。

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学生集会所のすぐ隣に建つのが京都大学吉田寮(かつての第三高等学校の寄宿舎)です。
現在も合唱団を初めとするクラブ活動の拠点として使用され、吉田寮とともに学生の自治の象徴として健在ですね。

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京都大学 文学部陳列館(1914(大正3)年竣工)

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設計は山本治兵衛と永瀬狂三。

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文学部の収集資料を収蔵する建物。一見地味な建物ながらも、ペディメント(日本建築で言う破風)や楕円形の小窓、棟上げの小塔など凝った作りがなされています。

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シックな外壁に対して、緑色の窓枠、扉の色使いが際だっています。特に青銅色のエントランスとの色使いは絶品。

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京都大学 医学部 旧生理学教室研究室(1914(大正3)年竣工)

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設計は山本治兵衛と永瀬狂三。

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1917年竣工の工学部土木工学教室本館とよく似た設計。ただし、こちらは小建築物のためか瓦葺屋根となっています。

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京都大学 留学生ラウンジ(旧防災研究所事務室、(1916(大正5)年竣工)

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設計は山本治兵衛・永瀬狂三。

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