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小早川家の秋 その1

2012年05月21日 21:18

小早川家の秋 監督・小津安二郎 1961年


「小早川」は「こばやかわ」ではなく「こはやがわ」です。
同じく小津安二郎の「宗方姉妹」(1950年)は、「む“な”かたしまい」ではなく「む“ね”かたきょうだい」ですので、あしからず(苦笑)。
微妙に変わった読み方をさせるのは、小津のこだわりなのでしょうか・・・、ややこしいですネ。

WS000098_R.jpg 〈祇園〉

さて、脚本はいうまでもなく・・・小津と野田高梧による共同脚本。
しかし、松竹所属の小津が、東宝(宝塚映画制作)に出向き、東宝のスタッフで撮ったという珍しい作品です(結局、小津が松竹以外で監督をしたのは、この『小早川家の秋』と、『宗方姉妹』(新東宝、1950年)、『浮草』(大映、1959年)の三作品のみ)。

宝塚映画創立十周年記念として、松竹の小津を迎えて満を持しての制作だったようで、東宝も当時としてはオールキャストに近い豪華な俳優陣を揃えてきましたが、その豪華さがうるさくならず、映画全体が本来の小津色に染まっているのが、大したものです。

そういう点でも、この『小早川家の秋』は、小津作品の集大成ともいうべき作品となっています(実際、この作品の次に撮られた『秋刀魚の味』(1962年)が遺作となってしまうのですから・・・)。

WS000208_R.jpg 〈渡月橋〉

なんといってもこの作品の見どころは、二代目中村鴈治郎の演技。娘の視線を気にしながら、妾の家に行こうと企む仕草なんて、何ともかわいすぎっ!

WS000179_R_20110417215106.jpg 〈二代目中村鴈治郎〉

しかも、脚本を作った小津と野田は、信州蓼科の別荘に籠もって脚本の材料を探している時、「野田の知人の老父が急病で倒れ、一家をあげて心配している最中に、ケロリと直って元気になった」という話を耳にし、小津も野田も二代目中村鴈治郎を頭に浮かべたというのですから、この人なしでは成り立たなかった作品なのです。

WS000300_R.jpg
〈伏見の蔵横で、孫とキャッチボールをする万兵衛役の中村鴈治郎〉

中村鴈治郎の演技を中心にユーモアある軽い映像のホームドラマで終わると思いきや・・・、突然の家長の死と、古きよき商家の終焉を感じさせる結末が用意され、黛敏郎の重厚な音楽「葬送シンフォニー」とともに“もののあわれ”が表現されているのです。最後に出てきた農夫役の笠智衆と妻役の望月優子の交わす会話も、何気ないようでいて、深く心に染み入ります。

WS000420_R.jpg

唯一、この映画に難をつけるとするなら・・・、番頭・山口役の山茶花究はクドイながらもおもしろい演技なのですが、磯村役の森繁久彌は正直いらなかったですねえ・・・。撮影中は、アドリブを繰り返し自分の色を出そうとする森繁に、小津は何度もダメ出しをしたようですが(苦笑)。 結局、森繁の小津作品登場はこれ一度きりでしたが、もし小津が長命であっても、二度と起用はされなかったことでしょう。

WS000026_R.jpg
〈森繁の隣に座るバーのホステス役は環三千世。この人、美人なのですがいつもチョイ役での出演です。『古都』(監督・中村登、1963年)では主人公・千重子(岩下志麻)の友人・真砂子役でしたネ〉





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