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ある心の風景 その2

2010年09月23日 01:09

新潮文庫 檸檬 表紙20100923011716 〈新潮文庫版 檸檬〉


「ある心の風景」は、1926(大正15)年、『青空』8月号に掲載されました。梶井基次郎が東京帝国大学文学部に入学して2年後のことです。
ちなみに「檸檬」は前年1月の『青空』創刊号巻頭で発表されています。
『青空』とは、三高時代の友人・中谷孝雄、外村茂(筆名は外村繁)とともに梶井が中心となって上京後につくった同人誌で、のち、有名なところでは三好達治、北川冬彦、阿部知二も参加しています。しかし、活動期間は1925(大正14)年1月から1927(昭和2)年6月の通巻28号までの2年半足らずでした。

大阪生まれの梶井が京都で過ごした期間は、第三高等学校理科甲類に入学した1919(大正8)年9月から卒業する1924(大正13)年3月までの4年半です。
梶井は大阪の北野中学時代、一方的な片思いの失恋をします。おそらく三高に入ってもその失恋を引きずっていたのでしょう。当初はエンジニアを目指していましたが、彼を取り巻く友人の影響もあり文学で生きていこうと決意するのです。

四条大橋の上で友人に「肺病になりたい、肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」と叫んだほど、文学に憧れ、人生を掛けようとしますが、皮肉なことに四条大橋での願望は現実のものとなり、短い生涯のほとんどを肺病の闇が覆うのでした。

川端二条_20100923012740
〈梶井は京都時代、寄宿舎や下宿をたびたび変えている。一時住んでいた川端二条あたり〉

そして、文学で生きる決意とは裏腹に京都での彼の生活は、遊興を重ね、落第におびえ、三高の帽子をこれ見よがしにかぶって見栄を張り、酒に酔っては床の間の掛け物に唾を吐いたり、甘栗屋の釜に牛肉を投げ込んだり、中華そば屋の屋台をひっくり返したり(笑)・・・と、どこか退廃的でした。
将来に対する不安と病魔という二重苦が、ずっと梶井の背中にのしかかり、文学的背景には絶えずその陰気な闇がつきまとうのです。
彼の創作に大きな影響を与えた京都時代とは、他の学生のように無自覚に謳歌できるものではなかったようです。
そして最後には、友人のノートを借りてレポートを提出し、試験が終わると重病人を装い人力車で教授宅を回り、その甲斐あって特別及第で卒業します。なんだかこの街から逃げるように東京へ行ったのでした。


「そいじゃ、癒してあげよう」と云った。
 二列の腫物はいつの間にか胸から腹へかけて移っていた。どうするのかと彼が見ていると、母は胸の皮を引張って来て(それはいつの間にか、萎んだ乳房のようにたるんでいた)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、ちょうど釦を嵌めるようにして嵌め込んでいった。夢のなかの喬はそれを不足そうな顔で、黙って見ている。
 一対ずつ一対ずつ一列の腫物は他の一列へそういうふうにしてみな嵌まってしまった。
「これは××博士の法だよ」と母が言った。釦の多いフロックコートを着たようである。しかし、少し動いてもすぐ脱れそうで不安であった。――

これは女を買った罪悪感から奇妙な夢を見た「ある心の風景」の一場面です。足が腫れ、歯形のようなものが二列びつき、それがサボテンの花のように膨らんでゆく。
その後ろめたさを隠すように、母親のせいにした末、治してもらうのです。

この部分はまさに、つげ義春の世界ですね。いや、もちろん、つげ義春が梶井基次郎に影響を受けているんですが。
つげ義春の「ねじ式」(1968年)で、メメクラゲに左腕を噛まれ、切断された血管を押さえながら医者をさがす主人公が、ようやく見つけた女医に治されるのは“○×方式を応用したもの”つまり“ねじ栓”なのです(笑)。(ちなみに、メメクラゲとは「××クラゲ」と書かれていたものを編集者が誤植したのでした)

ねじ式_20100923013814 〈「ねじ式」より〉

ここで論じるまでもなく、つげ義春が梶井基次郎作品に深いシンパシーを感じていたことは有名な話です。作為的に梶井作品のエピソードを自作に挿入するほどに。
たとえば、「檸檬」の一節は、「蟹」(1970年)や「近所の景色」(1981年)で。

近所の景色_20100923013133 蟹_20100923013415
〈「近所の景色」と「蟹」より〉      

また、「愛撫」の「私はゴロッと仰向きに寝転んで、猫を顔の上へあげて来る。二本の前足を掴んで来て、柔らかいその蹠(あしのうら)を、一つずつ私の眼蓋にあてがう。快い猫の重量。温かいその蹠。私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る」という描写を「やなぎや主人」(1970年)で。

やなぎや主人_20100923013558 〈「やなぎや主人」より〉


深読みをすれば、あまりにシュールなつげ義春の代表作「ねじ式」に、梶井の「ある心の風景」の影響を見ることができないわけではないでしょうが(奇怪な傷、母の存在、女性との交歓)・・・それはあまりにも乱暴すぎますね。

しっかし、ほんとうに、つげマンガの登場人物も梶井作品の主人公もよく街を徘徊します。焦燥感がほとばしりすぎ。





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