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瑞泉寺 畜生塚 その2

2011年04月01日 00:41

瑞泉寺は浄土宗西山禅林寺派(総本山は永観堂禅林寺)に属する寺院で、創建は1611(慶長16)年。豊臣秀次とその一族を弔うため現在の地に建てられました。

瑞泉寺は三条小橋の南にあり、浄土宗にして、本尊阿弥陀仏は聖徳太子の作なり、開基は三空桂叔和尚し、本願は関白秀次公の母堂瑞龍院なり。秀次公追悼の為に建立し給ふ。〔則秀次公を瑞泉院殿と号す〕文禄年中に秀次公、太閤秀吉公に対して逆心の企あるよし、故に紀州高野山に入つて自殺す、首を取つて三条河原に梟、又三十余人の妾婦并に稚子共、此所において斬罪して同穴に埋む。其後塚を築て上に截石あり、銘に曰、秀次悪逆塚文禄四年七月十五日と書す。〔傍に石塔婆あり、妾婦三十余人の墳なり、悉く法名をきざむ、世に畜生塚といふは非なり〕
〈『都名所図会』(安永9(1780)年刊行)より 瑞泉寺〉

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〈現在の堂宇は天明の大火後の再建で、本堂には聖徳太子作と伝えられる阿弥陀如来像が安置され、向かい合って建つ地蔵堂には秀次の引導仏といわれる地蔵尊が安置されています〉

豊臣秀次とは・・・。
関白秀吉が53歳にして授かった待望の嫡男・鶴松がわずか3歳にして夭折したのが1591(天正19)年8月。それから3ヶ月後に、秀吉の養子となり関白に就任したのが甥の豊臣秀次(1568(永禄11)年―1595(文禄4)年)でした。
ところが1593(文禄2)年に秀吉の側室・淀殿に秀頼が誕生すると、秀次は次第に秀吉から疎んじられ、1595(文禄4)年には謀反の疑いをかけられて高野山に追放、そして出家。さらに7月15日には切腹を命じられ、儚く人生を終えるのです。享年28歳でした。


秀次の切腹だけなら、まだしも・・・さらに惨い事件が起こります。

同年8月2日、秀次の遺児と側室、さらに一族にかかわる女性たち三十九名が、三条大橋西南の当時はまだ鴨川の河原であった現在の瑞泉寺が建つ場所で、公開処刑が行われたのです。

DSC00601_R_20110413112027.jpg 〈三条大橋〉

白装束に身をまとった女性や子どもたちは三条河原に引っ立てられ、河原には二十間(36メートル)四方に壕が堀られ、鹿垣をめぐらし、秀次の首は河原に晒されてありました。連れてこられた女性たちは次々と、秀次の首を拝まされ、壕のそばに座り、首を切られたといいます。そして幼い子どもたちは太刀で突き刺され、まだ息があっても壕へと投げ捨てられ・・・。

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〈地蔵堂の中央に安置された地蔵尊は、引導地蔵尊。一族処刑の際、四条・大雲院の僧・貞安上人が刑場の一隅に木像を持ち込み、次々と打たれる子女たちに引導を授けたと言われています〉

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〈引導地蔵尊のまわりの人形は、寺宝「秀次公並びに御一族・三幅」に描かれた殉死した子女と家臣の像を模し、1941(昭和16)年につくられたもの〉

女こどもたちの遺骸は一カ所に埋葬され、その上に塚を築き、さらにその上に、秀次の首が納められ石櫃が建てられます。石櫃には「秀次悪逆塚、文禄四年七月二十一日」と刻まれていました。

塚は、のちに「殺生塚」とも「畜生塚」とも呼ばれます。殺された妾の中に母子関係の者がいて、そんな人たちをも妾としたのは人倫に背く「畜生」の行為と人々から囁かれたからだとか・・・。

しかし実際、秀次に謀反の疑いがあったのかどうかは、今となってはわかりません。そして秀次には性格異常があって、日頃から粗暴な振る舞いや奇行が絶えなかったとも伝えられていますが、それも本当かどうか・・・。
ただ、この凄惨な修羅場に立ち会ったのは、石田三成、増田長盛、前田玄以で、彼らは秀次の陰謀を秀吉の耳に声高に訴えた人物だったようです。
そしてこの事件がもとで、秀吉は民衆の評判を落としただけではなく、出家させた人間に切腹を命じ、さらに一族郎党をも処刑してしまうという行為は、当時としてもあまりに非道な振る舞いで、豊臣政権内部においても大きな禍根を残しました。





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