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河原町のジュリー その2

2011年03月08日 00:41

当時の京都で、「河原町のジュリー」が町のマスコットのように親しまれていたことは、彼がマンガの題材や音楽に歌われたことからもわかります。

彼が取り上げられた作品を紹介してみましょう。どれほど、この人物が、当時の京都にとって、なくてはならない人だったかがわかる・・・わけではありませんが・・・懐かしい時代が思い起こされます。


以前も紹介しました京都出身のマンガ家・グレゴリ青山さんの『ナマの京都』(2004年、メディアファクトリー刊)では、ゆるキャラの元祖「未来くん」とともに登場し、“京のまぼろしびと”として紹介されています。

20110307211526ca3[1] 〈グレゴリ青山『ナマの京都』より〉


また、こちらも以前に紹介しましたが、1980年代中頃に活躍した京都を代表するバンド“ローザ・ルクセンブルグ”が彼を歌った曲は「だけどジュリー」でしたね。以下に「河原町のジュリー」の風貌が思い出される歌詞の一部を再度紹介しておきましょう。
「あっちのベンチでごろり こっちのベンチでごろり うぉうお
 子供が石ころ投げる 野良犬吠える逃げる ジュリー
 だけどジュリー だいじょうぶ だからジュリー 笑ってね」  
「毎日街をふらり はだしのままでふらり うぉうお
 ぼーぼーヒゲは伸び放題 ラスタヘアーがよく似合う ジュリー」
「ヘビメタのやつより ジュリーの髪長い
 サーファーのやつより ジュリーの顔まっくろ」
「やっぱりベンチでごろり 楽しいユメ見てごろり うぉうお
 めさんこ寒い冬のころ 街から姿を消した ジュリー」


そして、いくつもの叙情的な“ガロ的”マンガを描いている、うらたじゅんさんも彼を題材に書いています。タイトルはそのものズバリ「河原町のジュリー」(2007年、北冬書房刊『幻燈7』所収)です。

2011030721152609b[1]
〈うらたじゅん「河原町のジュリー」より 北冬書房刊『幻燈7』所収〉

といっても、ジュリーが主人公の物語ではありません。どこか時代に馴染めず、生き方を模索しているような主人公の女の子が、鴨川の橋の下で分厚い本を読み、道ばたで“しけもく”を拾い、河原町通りで佇むジュリーを気にかけているというセンチメンタルな物語なのです。このマンガの中で彼は、窮屈になりつつあった時代の中でドロップアウトした側の生き方の象徴として重要な役割を担っています。



さて、さて、「河原町のジュリー」の風貌をマンガや音楽で紹介しましたが、彼に対してひとつ多大な誤解がありました。

それは、「河原町のジュリー」は、若くて身なりを綺麗にすれば、沢田研二ばりの今でいうイケメンだと思っていたことです。少なくとも30代、40代の若い浮浪者だとなぜかずっと勘違いしていました。

下にあるのは、彼の死を扱った1984年2月22日付の「過去語らず京の奇人逝く」と題された「京都新聞」夕刊の記事(コラム)です。

20110307211525bf9[1] 〈『京都新聞』1984年2月22日付夕刊〉

意外な情報が“わんさか”載っておりました・・・。

「河原町のジュリー」は1984年2月5日の朝、円山公園の倉庫の下で凍死します。66歳でした。そう、もうかなりのオッチャン、いえ、そこそこのオジイチャンだったのです。
記事には容姿についても詳しく載っています。
黒の背広のボロ着に破れたズボン、素足に長髪の姿は、確かにきれいではないが、猫背に腕を組み、スリ足でチョコチョコと歩く格好に、どこか愛きょうがあった。
どうやら、ねぐらは三条通りのアーケードの下だったらしく、寺町から四条、河原町、三条と一日かけて歩くことが日課だったようです。

DSC00937_R[1] 〈三条河原町〉

そして、遺体を引き取る親類がいたことも意外でした。ジュリーは戦争から復員し、二年間は結婚生活の経験もあり、四国の実家で親の商売を継いでいたようですが、亡くなる26年前にその四国の実家を飛び出し、それ以来、音信不通となっていたのだとか。


「河原町のジュリー」に関する噂話で、もう一つ当時の人々の口に上がっていたのは、「実は実家は大そうな金持ちで、世をはかなんで浮浪者に身をやつした」だの、「大金持ちが酔狂で浮浪者の格好をして人々の反応を楽しみ、夜は大豪邸に帰っていく」との、金持ち伝説がありました。
ただ、これらの噂はおそらく、当時、同じように河原町を闊歩したもう一人の“京都の奇人”堀宗凡が、料亭を営む裕福な家庭の出自であったことから、混同されていたのでは、とも推察できるのです。



奇人が町に出現するのか、町が奇人を生み出すのか・・・。どちらにせよ、今の京都には奇人を生み出す粋な余裕すらないように思えますネ・・・。





コメント

  1. ぽん | URL | -

    miyakotenjin様、いったいおいくつでしょうか?
    私よりかなりお若いと思ってるんですが、毎度毎度、ツボのつつかれ方が尋常やないです(爆)

    そうですねぇ。私らは「実は金持ち説」をまことしやかに語った口です。
    あんだけ黒いのに、なぜか臭くはなかったような気がします。ただひたすら、同じ道をグルグル回っておられたので、街へ出ると一回は見かけたんですよね。
    けど、話しかけたりとか、そういう人を寄せつけへん空気をまとっておられました。

    ちなみに堀さん宅のお茶会に、一度だけ寄せていただいたことがあります。堀さんは「おかま」とか言われてはりましたけど、ちゃんと妻帯者でした。奥様はすごく料理がお上手でした。

  2. miyakotenjin | URL | -

    ぽんさん、いらっしゃい!

    そんなに、ぽんさんと変わらないと思いますよ・・・(笑)。

    自分はよく京極蛸薬師あたりで見かけましたねえ。ホントあまりの異様な黒さで近づくことも出来ず、よく顔も見ていなかったかも。基本的に今のホームレスの人達とは風貌もオーラも全然違いましたよね。奇人というより異人でした(笑)。

    しっかし、堀宗凡さんの茶会にも行かれたことがあるとは驚き!
    アバンギャルドとはあの人のためにある言葉ですよねっ。
    今思えば、奇しくもホンモノのジュリーが全盛期にメイクして歌っていた姿と、堀さんの生き方が少し格好良くダブるのです。

  3. みゅう | URL | 9qiLvG7I

    懐かし~~~!

    あまりの懐かしさに初めてコメントします。
    河原町のジュリー懐かしすぎです。すっかり忘れてました。
    当時誰もが知ってる愛すべき浮浪者でしたね。
    よくすれ違いました。
    友達が、すれ違う時に、人差し指でちょんと胸を触られたという爆笑事件もありました。一気に思い出が蘇ります。

  4. miyakotenjin | URL | -

    みゅうさん、いらっしゃ~い!

    名前を聞いただけで、あの時代にタイムトリップできる人物なんて、なかなかそうはいませんよね。おっしゃるように自分たちの思い出もよみがえるんです。

    しっかし、お話を聞いて、なんだかジュリーのイメージが崩れちゃいました・・・(泣)。
    もっと不器用で寡黙で思慮深い人って思っていたのに・・・。
    まあ、みゅうさんのお友達がそれほど魅力的だったってことで(苦笑)。
    でも、胸を触られて爆笑って、その反応もなかなかのものですっ(笑)。

  5. ebisumaru | URL | ckF.DPks

    ほんとに懐かしくて懐かしくて

    はじめまして、ローザルクセンブルグの検索からたどり着きました。
    当時、藤井大丸(って今でもありますか?)のマック(失礼、関西ではマクドですね)でバイトをしていまして、帰り道、「河原町のジュリー」をよくお見かけしました。私も、実は金持ち説、聞いたことがあります。
    これから、ちょくちょくお邪魔しますのでよろしくお願いします。

  6. t.okuno | URL | -

    ebisumaruさん、いらっしゃいませ。

    藤井大丸のマクドナルド! 持ち帰りだけの小さなお店でしたね。
    たしか、関西で一番最初に出店したのが、あの店だったんですよね。

    藤井大丸は今でもありますよ(笑)。
    でも、寺町通りは往時の電気街ではなくなり、四条河原町の阪急も丸井に変わったり、
    映画館も軒並み閉館してシネコンになったり・・・。
    ebisumaruさんがいらっしゃった頃(学生時代を過ごされたのかな?)が、
    街にとっても、いちばん華やかな時代だったのかも知れませんね(単に自分が懐かしがっているだけかも(苦笑))。
    つたないブログですが、喜んでもらって何よりです。

  7. ebisumaru | URL | -

    質問していいですか?

    t.okunoさま、返信をいただきありがとうございます。
    結局、我慢しきれず、amazonでローザルクセンブルグのCDを購入。(LPは持っていたのですが)『橋の下』などつれ合いに聴かせたところ、意外にも好評でした。
    ところで、京大の西部講堂は、まだ、存在していますか?学生時代、何度か演劇などを観に行った事があります。一番、記憶に残っているのがPoliceの初来日ライブです。講堂の自治会(?)と、興行主側とのトラブルで、演奏が一時中断の事態。京都が学生の町である事を実感する出来事でした。

  8. t.okuno | URL | -

    もちろん今もありますよ(笑)

    吉田寮と西部講堂には魔物でも住み着いているのでしょうか。よく潰れないものですネ(笑)。
    今も演劇やライブに使われていますが、さすがに当時のパワーのまま、とはいかないようです(まあ、あの時代の熱気がいい意味で“異常”すぎたのでしょう)。

    しっかし……伝説のPoliceのライブを見に行ってらっしゃったのですか?!
    あのライブを機に、1970年頃からつづいていた京都の学生運動に始まる熱気や自治の精神が、
    一気に冷め始めたターニングポイント的大事件だったと個人的には思っているのです(エラそうに言っても、リアルタイムで体験したわけではないのですが……)。
    フォークからロックへの黎明期を語るにはあの建物は欠かせないですね。世界遺産クラスです(笑)。

  9. ebisumaru | URL | -

    びっくり!

    返答いただきありがとうございます。
    あのPoliceのライブがそんな意味を持ったいたとは……。私は京都の学生運動の歴史的な場面に遭遇していたんですね、全く意識もせずに(笑)。
    で、探したら出てきたんです、当時のチケット半券や白黒のチラシ。よくよく見たら、WESTERN POLOCE OFFICE という訳の分からない団体が主催者でした。大手プロモーションの名前が出せなかったのでしょうね。
    またオールスタンディングだったために、当日、整理券が配られたのですが、工作用の厚紙に手書き、私の番号は1185番。いったい、どれだけの人が詰め込まれたのでしょ。
    そんな時代を過ごしました。

    t.okunoさんのブログのお陰で、うんと遠くなっていた京都が近づいてきました。ありがとうございます。
    京都の紅葉も、もうおしまいの時期でしょうか。こちらは、数日前に初雪が降りました。また、お邪魔いたします。

  10. t.okuno | URL | -

    当時の半券! すごい! しかも「WESTERN POLOCE OFFICE」! 
    西部講堂の西なのかなあ……でも、観に来ていた人にとっては主催者なんでどこでもよかったんでしょうけれど(笑)。

    京都の紅葉はちょうどこれから……ってところでしょうか?
    なんだか今年は色づきがいまいちな感じです(地元にいるとあまり意識しないものですね(苦笑))。
    また、懐かしいお話がありましたら、ぜひコメントお願いしますネ。

  11. douyan | URL | 7KkNr4MI

    いやあ、懐かしいです。見かければいいことあると確かに言われていましたね。私たちの間で、まことしやかに言われていたのは、本家ジュリーのヒット曲「勝手にしやがれ」の歌詞で、壁ぎわに、寝返りうって〜寝ているからジュリーと言われ始めたという説です。

    亡くなられて、新聞に載ったのも話題になりましたが、警察に保護されて、頭を刈られ、風呂に入れられて、垢が落ちたので、凍え死んだと言う噂 も何処からともなく流れてきました。コールタールで固めたような髪型は、当時流行り始めたレゲエと、妙にマッチしていましたね。

  12. t.okuno | URL | -

    douyanさん、いらっしゃいませ。

    その歌詞の説は、初耳ですが、うまい命名説ですね!
    コールタールで固めたような髪型・・・ほんと、まさにそんな感じでした。

  13. | |

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  14. みこ | URL | bxXG0pwM

    ライブでフライヤー

    ジェットペッパータワーのライブ終了後、フライヤーをもらいました。河原町のジュリー、800の短編から成立する大長編小説、作家さんは、飛来はゆくさん、わたしは存じてませんがカルトでは有名だそうです。この小説が近々出版されるようです。楽しみにしています

  15. t.okuno | URL | -

    みこさん、コメントありがとうございました。
    800の短編からなる長編小説って、それだけでもワクワクしますね。あの時代の空気が味わえるなら、ぜひ読みたいものです。

  16. | |

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