中書島 その2

2011年02月11日 01:47

DSC01986[1]

お、いい感じの建物が出てきました。ここは長建寺の北側にあたります。

DSC01987[1]

二階の板戸は固く閉ざされています・・・。


DSC01998[1] DSC01988[1]

大店だった雰囲気を残す「木津乃家」さん。



DSC02061[1]

宝来橋。現在の橋は昭和5年3月に架けられたものです。

DSC02063[1] DSC02066[1]

中書島の廓の中だけを見ても、あの芝居の書割りのように軒をならべた女郎屋の薄暗い行燈は、青白いガス灯へ、さらに黄色い電燈や五彩のネオンへと、しだいにその華やかさをまし、廓正面の宝来橋も、あの紅殻の欄干に名ごりをとどめていた明治風の情緒もどこへやら、すでに近代的なコンクリートの短い橋に代わってしまっていた。というのは、昭和御大典の記念事業とやらで施行された淀川の護岸工事が、この支流の入り口に大きな閘門をもうけ、沿岸の埋め立てで川幅が半ば狭められたのだ。もはやあの華麗な弁天寺の夏祭を昔ながらにくりひろげることはおろか、この薄汚れた運河のような流れの上では、屋形舟一つ浮かべることさえ、首をかしげざるをえなかった。(『廓』第二部・第一章より)


宝来橋を過ぎ、中書島を抜けます。すると、この区域でもっとも有名な建物があります・・・、

DSC02004[1]

そう、寺田屋です。

DSC02011[1] DSC02023[1]


表札には「寺田屋 坂本龍馬」とありましたが・・・(苦笑)。

有名な話ですが・・・、残念ながらこの寺田屋は龍馬が泊まった時にあった建物ではありません。当時の建物は鳥羽伏見の戦いで焼失してしまったのです。


DSC02028[1]

寺田屋のある区域から北にかけての通りは「竜馬通り」。


DSC02033[1]

いい雰囲気の自転車屋さんです。この中書島で一番趣のあるお店に認定です。


やはり、交通の便のよい地域は、建物の移り変わりも早いですね。無用の建物は一般住宅やマンションに建て替えられるのが世の習いです。中書島の遊郭建築は風前の灯火・・・といったところでした。






コメント

  1. | |

    承認待ちコメント

    このコメントは管理者の承認待ちです

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://2ndkyotoism.blog101.fc2.com/tb.php/155-d7b9f957
この記事へのトラックバック


Twitterボタン