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澪標

2011年02月05日 01:13

澪標 外村繁 1960年

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『澪標』の初出は1960年6月号の『群像』で、本作で第12回読売文学賞を受賞しています。

これは、私小説“的”な作品で(“的”というのは、登場人物として中谷孝雄や梶井基次郎は実名で出てくるにもかかわらず、本人の名前がなぜか、「新村晋」と仮名になっているからです)、
主人公が生まれてから、二番目の妻とともにガンを患い闘病するまでの、作者の人生、とりわけ“性の変遷”が綴られています。
なお、作者はこの作品発表の一年後にガンで亡くなりました。


作者・外村繁(とのむら・しげる)は1902(明治35)年に滋賀県五個荘で、近江商人の裕福な家庭に生まれます。しかし、生涯を通じてあまりに生真面目な性格で、その性格同様、性の遍歴を綴る『澪標』にも派手な女性関係や奇抜な性生活が描かれているわけではありません。そういう意味では、至極退屈な作品ではあります。


外村が京都に住んだのは1921(大正10)年に第三高等学校に入学し、卒業するまでの三年間でした。

初めは旧制膳所中学時代から下宿していた恩師の新婚家庭から高校に通おうとしていましたが、「私は電車という乗物をあまり好まない。ことに京津電車の揺れ方はひどい。」と、大宮三条の一軒家を借りて生活を始めます。
京の三條通も堀川を西へ渡ると、あのしつとりと落着いた気品は失はれる。小さい小賣屋が軒を並べ、客を呼ぶ聲もかまびすしく、かなり猥雑な街になる。
この情景は、堀川通から千本通にある現在の「三条会商店街」あたりを指しているのでしょう。


中谷孝雄と梶井基次郎との出会いについても描かれています。
ある日、二人の生徒が「三高劇研究會」のビラを貼つてゐる。その一人は色の淺黒い、いかつい顔をしてゐて、見るからに不興気な表情である。こんな下らない仕事から一刻も早く離れたい、といふような態度である。實に厭さうである。
私は劇研究會にも、ビラを貼つてゐた学生にも妙に興味を覚え、當日、會の催される、圓山公園の「あけぼの」へ行つてみる。その席に今一人、より魁偉な、極めて彫りの深い容貌の生徒がゐる。脚本が朗讀されてゐる間、彼は厳然と腕を組み、その態度を崩さない。やはり興味を覚える。前者が中谷孝雄であり、後者が梶井基次郎である。
そして自身も、劇研究会に参加し、二人との親交を通じて文学に目覚めるのです。


彼らが東京帝国大学に進学し、立ち上げた同人誌は『青空』で、当初は京都時代の馴染みのカフェ「RAVEN」の名にちなみ『鴉』と名付けようとしていたことは、前述の中谷孝雄の項で述べました。
その、「RAVEN」は本作『澪標』にも登場します。

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祇園石段下の「レーヴン」というカフエに、梶井や、中谷や、私たちが毎晩のように集つたのは、もう三高の生活も終りに近い頃である。中谷のその一學年の出席数は悪くなく、卒業は確實である。梶井の卒業はかなり危ぶまれたが、理科である梶井が大學は英文科に轉じる決心もつき、教授達の間を運動中である。卒業後、私達は東京の大學へ行き、時期を見て、同人雑誌を出す計画である。その頃の私達の雰囲気はかなり明るかつたと言はなければならない。
梶井も、中谷も、私も卒業した。その夜、私達は例によつて「レーヴン」に集り、京都に残る人達と酒を汲み交はす。私は前後不覚に酔つてしまつたらしい。

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外村は大学卒業後、家業である呉服木綿問屋を継ぐ決心をし、1927(昭和2)年に父が亡くなると26歳にして店主となります。
しかし1933(昭和8)年、不況の影響もあってうまくいかない家業に見切りをつけ、再度、文学を志します。家業を弟に譲り、妻と三人の子を連れて心機一転、阿佐谷に移るのです。すでに梶井基次郎は前年に亡くなっていました。

再出発してすぐ、同人誌『麒麟』9月号に発表した「鵜の物語」と、『人物評論』に掲載された「藤田専務の手帳」は社会小説として商売を経験した知識が生かされ、好評を得ます(「藤田専務の手帳」を発表した際、本名の「茂」を「繁」と誤植され、それ以来、この字を気に入ってペンネームにしました)。
外村の文学再出発は順調に滑り出し、近江商人を描いた「草筏」(『世紀』1935年3月号、4月号)は第一回芥川賞補にもなりました。





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