--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

狸谷山不動院 初不動 その2

2011年01月28日 23:55

狸谷山不動院02959

見事な懸造建築。この本殿はそう古くはないようです。もちろん清水の舞台と比べるとスケールは小さいですが、山奥にあるこちらの方が幽玄な趣がありますね。


狸谷山不動院02969

本殿前には、雪が残っていました。


狸谷山不動院02971 狸谷山不動院02983

境内には宮本武蔵が修行したという滝があります。案内書きによると、吉岡一門数十人との生死をかけた決闘の前に、この滝に打たれ「不動尊の右手に持する降魔の利剣の極意を感得した」んですって・・・(宮本武蔵は神仏にすがっていたのか、いなかったのか・・・)。
現在は、チロチロと申し訳程度の水が滴っておりました。


狸谷山不動院02986


初不動の参拝者のお目当ては・・・この笹酒の接待です。

狸谷山不動院03000 狸谷山不動院03004

笹酒の効能はガン封じ。しかも終日、飲み放題です。ペットボトルなどの容器持参で参詣する人も多く、修験者が一人一人に振る舞ってくれますが、1メートルはあろうかと思われる長い竹筒は注ぎづらそう。


狸谷山不動院03093 狸谷山不動院03030

ようやく、本殿に到着です。本殿がこのような高い位置にあるのには訳があります。
本尊の咤怒鬼(タヌキ)不動明王はもともと、桓武天皇の勅願により平安京の城郭東北隅に鬼門守護として祀られていました。それが鎌倉時代にはこの地の洞窟(現在の本殿の内陣)に安置され、都の人々の尊崇の的だったとか。
ま、洞窟の位置をそのまま本殿にしたので、懸造建築の本殿になったのです。


狸谷山不動院03015

本殿の端からは京都市内、洛北が望め・・・、おっ、京都五山の一つ「舟形」が見えます。


狸谷山不動院03077 狸谷山不動院03045


狸谷山不動院03050 狸谷山不動院03057

扁額。鉦。香炉。大提灯。


狸谷山不動院03087

11時からの護摩焚きのため、本殿には多くの参拝者が集っていました。

狸谷山不動院03085


狸谷山不動院の縁起は・・・、
享保3(1718)年に木食正禅養阿(1688頃―1763)が、この地に17年間参籠し、狸谷山修験の先駆者となり、その後、修行場として周知されたようです。
(木食正禅は京都出身の念仏聖ですが、京都中を勧進してまわり、真如堂の阿弥陀如来像を造立したり、五条坂に安祥院を再興したり、数々の土木工事(日岡峠や渋谷街道の修築、さらには石橋や寺社の敷石などの改修)を勧進によって進めたエライ人なのです。)
明治の世になり、廃仏毀釈の影響で荒廃していたものを、徐々に地元の有志が山を整備し、昭和19(1944)年「修験道大本山一乗寺狸谷山不動院」として再興されました。



狸谷山不動院03105 狸谷山不動院03111

それにしても・・・、ほんといつ見ても、この本殿は、黒田硫黄の『大日本天狗党絵詞』に出てくる伊豆にある寺を思い起こさせます。

大日本天狗党絵詞_0002

『大日本天狗党絵詞』が映画化となれば、ぜひ、この本殿で撮影してほしいものです。






コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://2ndkyotoism.blog101.fc2.com/tb.php/152-0afdc940
    この記事へのトラックバック


    Twitterボタン

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。