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小説家 中谷孝雄 その1

2011年02月05日 01:06

小説家 中谷孝雄

20110125172301f2b[1] 〈中谷孝雄著『春の絵巻』(勉誠出版)〉


失礼ながら、この人も小説家としてはマイナーな存在です。
しかし、梶井基次郎フリークの中では、外村繁とともに特別な存在ではないでしょうか。


中谷孝雄は1901(明治34)年、三重県生まれ。
1919(大正8)年、第三高等学校に進学し、寄宿舎の同室が梶井基次郎でした。
また、後に妻となり小説家ともなる平林英子とは三高在学中に出会い、半年ほど同棲をしていました。

その後、東京帝国大学文学部独文科に進み、梶井、外村らと同人誌『青空』を創刊。
1935(昭和10)年には保田與重郎、亀井勝一郎、木山捷平らと『日本浪曼派』を創刊。この『日本浪漫派』には後に太宰治や檀一雄らも参加しています。

1937(昭和12)年7月刊行の初の小説単行本『春の絵巻』(赤塚書房)の中の表題作「春の絵巻」(初出は1934(昭和9)年の『行動』)が第6回芥川賞候補に挙がり、川端康成、久米正雄に高く評価されますが、受賞にはいたりませんでした。
1968(昭和43)年には「招魂の賦」(『群像』)で芸術選奨文部大臣賞を受賞。

1995(平成7)年、93歳で死去。妻の平林英子は2001(平成13)年に99歳で亡くなり、夫婦揃って天寿を全うしました。



2003(平成15)年に勉誠出版から刊行された『春の絵巻』には、五編の小説が収められています。

高等学校を落第し、父親に罵倒されることを恐れて遁走。さらに自堕落な生活へと落ちていく主人公が、父親の手紙から自分に対する希望を見いだし、もう一度学校をやり直そうと決意する――「春」(初出『麒麟』昭和8年)。

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今夜だけはゆっくりと花を見てやろう。そして彼はざわめく乗客たちの陽気な空気に次第に同化して、電車が祇園の終点に止まると、そのまま公園の石段を雑踏する人々に押されながら登っていった。(「春」より)

花見の季節。高等学校の男子学生三人は嵐山での花見の帰り、京極のレストランで三人連れの娘たちと同じ卓になる。石田は、花見の夜に出会った民子のことが忘れられず・・・。中谷孝雄と、当時、事務員をしていた平林英子との出会いを想起させる――「春の絵巻」(初出『行動』昭和9年)。

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公園の入り口の石段で、みんなはまた一緒になって、それから花に酔った公園のなかへはいっていった。花は松明の火に白っぽく夜空に浮きだして、群衆はここにもまた身動きの出来ないまでに押し合っていた。(「春の絵巻」より)

学校生活での葛藤と、帰省している同棲相手を待ちわびる青春の束の間の孤独を描く――「二十歳」(初出『日本浪漫派』昭和10年)。

中谷や梶井、外村ら三高出身の東大生を中心に創刊した同人誌『青空』を巡る回想物語――「青空」(初出『群像』昭和44年)。

友人・外村繁の病気を案じ、彼の最期を見届ける――「抱影」(初出『群像』昭和36年)。


「春」「春の絵巻」「二十歳」の三編だけで、小説家としての中谷孝雄を評価するのは乱暴ですが・・・きわめて凡庸です。
ただその一方で、「青空」と「抱影」は、作者・中谷や梶井、外村らの人となりが生き生きと描かれ、興味深い作品・・・もとい、文学的資料となっています。






コメント

  1. kat*nan*5 | URL | -

    参考になりました。

    面白い純文はないかと、いつも探しているものです。中谷孝雄を検索していてこちらのサイトにたどり着きました。マイナーな作家も好きなので、勉誠出版の本探してみようと思います。

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