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美しさと哀しみと その2

2011年06月16日 23:54

美しさと哀しみと 監督・篠田正浩 1965年

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川端康成の原作完成(1961年~1963年まで『婦人公論』に連載)から2年後の1965(昭和40)年、松竹の制作で公開されました。監督は篠田正浩。


ちなみに篠田正浩は大島渚、吉田喜重とともに「松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手」ともてはやされた監督ですが、映画好きの中では多くのアンチ篠田正浩がいるように、世間の評価より凡庸な監督だという意見には少し同意です。

映画の企画は当初、加賀まりこが映画化を松竹に提案し、会社の命により篠田正浩にお鉢が回ってきたのだとか。
そもそも、文豪たる川端康成が当時の加賀まりこにメロメロだったというのは有名な話です。最近のテレビ画面ではいつも苦虫を潰したような不快な表情の彼女しか見かけませんが(笑)、この映画の中では、文豪をも骨抜きにするコケティッシュで、小悪魔で、という形容もダテではない存在感で演じきっています。

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映画はほぼ、原作通り。
原作もそうですが、ロケにおいても、今まで京都であまりロケ地として使われなかった“ひなびた”場所を意識的に使ったとのこと。たとえば、二尊院、化野念仏寺、苔寺など。

20110113123551b29[1] 〈化野念仏寺〉

寂しい雰囲気は物語全体に影を落とす上野音子という女性を表現するにはうってつけだったようには思えます。


そして、劇中を通して、音子が描き続ける大作「嬰児昇天」。

20110113123412198[1]

この絵は、篠田監督と交流のあった池田満寿夫が描いたもの。映画と同じ「美しさと哀しみと」と題され、畳三畳分の大きさ。現在は真ん中の部分だけが残っていて、残りの上下部分は行方不明になっているそうです。





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