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五番町夕霧楼 その5

2011年05月01日 00:37

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病身の母親、甲斐性のない父親、そして幼い妹たちを残し、与謝半島から京都の遊郭に出稼ぎに行く夕子。妹たちの「ねぇ~ちゃ~ん」と手を振りながら呼ぶ声は、かわいくも、もの悲しいです・・・。ちなみに夕子の故郷は伊根町津母の設定で、実際のロケも同地で行われました。


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呼び込みのおばちゃん役は赤木春恵。この頃からおばちゃん役だったんですね。隣の常連客は東野英治郎です。


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京都の大店(おおだな)の呉服店主人・竹末甚造(千秋実)に水揚げされた夕子。水揚げ代は、当時のサラリーマンの月給5ヶ月分の2万円でした。そして、娼妓が部屋代を払えるようになるまでの一年間は、花代を帳場(店側)と娼妓とで四分六分の割合で分けるのです。遊郭の内情もリアルに映し出してますが、かなり良心的な廓なのではないでしょうか。


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陰気で吃音の学生僧・櫟田正順(くぬぎだ・しょうじゅん)を演じるのは河原崎長一郎。夕子が櫟田の花代を立て替え、いつも幼い頃の楽しい思い出を語り、帰って行くのです。


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修行中の櫟田。回向の稽古の為に、本山に来ていたところを、運悪く呉服屋の主人・竹末に見つかり、五番町に通っていることを本山の坊主にチクられます。


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肺病で倒れ、入院した夕子。先輩娼妓で、遊郭の生活を短歌雑誌に投稿している敬子(岩崎加根子)が見舞いに訪れます。
あこがれは里にはあらず天神の木立の森の青き空かな
ぺたぺたとスリッパの音の冷たくて廓づとめにわれは狎(な)れゆく
疲れたる瞳にあはき朝方の花を呉れたる人の名を知らず
もちろん敬子の歌は水上勉の創作なんでしょうが、いいですねっ!
一番上の歌は、縁先から見える屋根越しの北野天神の森を、故郷である倉敷のことを思いながら見ているという歌だそうです。


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櫟田の自殺を知った夕子は彼の後を追うように、楽しかった思い出の詰まった故郷の百日紅の下で睡眠薬を飲み自殺するのでした。



この映画は確かにいいです。いいのですが原作の方がより、主人公・夕子のしおらしさや素直さが表現されています。それに、夕霧楼の女将や同僚の娼妓たちの年少者である夕子への温かい思いやりも、ね。

難を言えば・・・、劇中の時間の経過を、部屋に飾られる季節季節の扇子の柄で表現したり(安易すぎますね)、
夕霧楼の飯炊きおばさん(岸輝子)を所々で意味ありげにクローズアップしたり(このおばちゃんは劇中でまったく喋らず、不気味。それでいて観客の心理をこの人を使ってあらわそうとしているようで作為的なのです)、
さらには、女将のかつ枝が早朝、近くのお寺の勤行に参加するシーンが突飛に挿入されていたり・・・、
少し不可解なシーンが散見されるのが残念。





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