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二十歳の原点 その4

2011年01月15日 02:57

20101228174821527[1]
〈荒神口にあったジャズ喫茶「しあんくれーる」跡地〉

日記ではカタカナで「シアンクレール」と記されています。彼女がもっとも気に入っていた喫茶店です。店名「しあんくれーる」は「思案に暮れる」をもじって。

「『シアンクレール』に五時半までいた。なんであんなにいいんだろう。あれを全身できいていると体が生気あふれるのだ。最期にThe Sound of Feelingをきいてバイト先に急ぐ。」(4月12日の日記より)

「『シアンクレール』にて。ホワイトのオンザロックを飲みながら、ステーヴ・マーカスのTomorrow never knowsをリクエストして、リクエスト曲とも知らずにあまりにもピッタリくるので、その曲のジャケットを見にいったバカな私。」(6月19日の日記より)

最後の日記にも、この喫茶店での出来事が記されています。

「きのう『シアンクレール』にいたら女の子が話しかけてきた。話がはずんでサイクリングに行こうということになった。琵琶湖にいくことになった。しばらくジャズを聞いたあと私は言った。『私やめるわ。一週間も先のことどうなるかわからないし』あの女の子とつきあっていたら、いつしか裏切るようなことをするのがわかっていた。人間のつきあいには必ずウソがある。すべて流れゆく旅人の気持で、こよなく彼を彼女を愛して通り過ぎてゆくのがよいのだ。『一週間も先のことはわからない』。全くもって正しいことであった。」(6月22日の日記より)


20101228174929bcc[1] 〈三条河原町界隈〉

三条河原町は、彼女が通った喫茶店「ろくよう」や「裏窓」のあった場所。
「ろくよう」とは今もある六曜社のことで、「裏窓」はその数軒南にかつてありました。

「九日の日は朝早くから井上がテレをしてきて、待ち合せ。二時間ぐらい『裏窓』で勝手気ままに話して、その後学校に行き、大衆団交を見学しました。」(2月11日の日記より)

「『ろくよう』に独りで呑みだしてから私はよく笑った。そして泣いた。泣き笑いのふしぎな感情ですごした。/あのウェイターのおじさんにDo you know yourself?と、いったら、Yes,perhaps,I know myself.  といった。私はI don't know myselfと、いって笑った。」(4月15日の日記より)


20101228174929c4e[1]
〈宗教法人施設「京都救世会館」となった、かつての「恒心館」〉

立命館大学広小路学舎時代の建物として今も残っているのは、この旧恒心館と、鴨川沿いにある現在の京都府立医科大学体育館のふたつだけ、です。

「久しぶりで恒心館へ入ったが、小気味のいいほど破壊しつくされていた。机も椅子も黒板も、まあ、そんなものおいらにゃ要らねえぜ。恒心館屋上で考えた。一人でもおいらは闘うぜ。」(4月25日の日記より)



40年も経っていれば、日記に登場する建物も町の雰囲気も変わっていて当然です。
ですが、この日記を読むと、あたかも自分の同級生が遺した日記を読んでいるような生々しさを感じてしまうのです。それでいて、彼女は自分を客観的に見つめる眼も持ち合わせ、時に、悩む自分の姿を無頓着に突き放す術をもっていたりして・・・。
だから、自殺した女子大生の日記という“看板”ほど、暗く陰湿な日記とはなっていませんし、むしろ時代を越えて人びとが共感し、ベストセラーにもなった理由は、日記に垣間見える彼女の根にある明るさにあるのでは・・・、と思えるのです。






コメント

  1. ひろし | URL | -

    二十歳の原点と 天神踏切

    命日に天神踏切に行ったことがあります。
    たくさんのお花が供えられていました。
    踏切といっても、遮断機もなく、枕木を並べて歩行のみでした。
    いまは高架線になっています。

  2. 近江源氏 | URL | -

    昭和44年

     昭和44年。高野悦子さんは立命の3回生。小生は府立医大の4回生。彼女は立命全共闘、小生は府立医大全共闘。立命全共闘が民青と機動隊に追われて、府立医大図書館(正門右手の今も残存する大正時代の建物)地下の学生自治会の1室に亡命政権。しばらくして当方らも機動隊に追われ、立命全共闘と共に府立医大を退去。我々は同志社大学新町学生会館の1室を間借り。そんなことがあったので高野悦子さんとも出会っていた可能性があるのだが記憶にはまったくなし。立命館大学があった頃の河原町広小路には活気があった。まさに学生街だった。今は立命館は府立医大図書館となり、恒心館は宗教施設。中国共産党のように資本主義的商売の得意な立命共産党は拡張路線でウハウハ状況。立派なお高い小学校を小生の家の近所に設立。近隣の付属小学校のガキが野暮ったく見える金満小学生が毎朝ご登校。時代が変わったと納得しないと生きてゆけないか。<造反有理>とはなんだったのかいな、毛沢東に周恩来よ。

  3. miyakotenjin | URL | -

    どうも、コメントありがとうございます。

  4. | |

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