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五條楽園 その2

2010年12月29日 00:45

それでは、すこし五條楽園を歩いてみましょう。
お茶屋さんや置屋さんだけではなく、多くの民家がありますので、迷惑をかけない程度に、ね。

20101227215340b42[1] 〈五条大橋〉

五条大橋のすぐ西から高瀬川沿いに南へ行くと、そこが五條楽園です。


20101227215341aed[1] 〈高瀬川〉

高瀬川を挟んで、左が木屋町通、右が西木屋町通。


20101227215259dfc[1] 〈源融 河原院跡〉

いきなり、名所の登場です。

源融(みなもとのとおる)(弘仁13(822)年―寛平7(895)年)とは嵯峨天皇の皇子で、『源氏物語』の光源氏のモデルとなった人物です。左大臣であった源融が、摂政・藤原基経の台頭により失脚し、隠棲した邸宅「河原院」(東西は鴨川の中央あたりから柳馬場通、南北は五条から正面通あたりまで)が、このあたりだったのです。写真にある榎の大樹はこの邸内にあった森の名残といわれています。
後ろに映っている鳥居の中には榎大明神が祀られ、榎はその神木として崇められ、平成12年には京都市の「区民の誇りの木」に選ばれました。
ちなみに「河原院」が「河原町」という通り名の由来でもあります。

20101227215300327[1]

おしゃれな黒板の家(お茶屋さん?)の壁に鳥居が貼りつけられ、中には榎大明神がいらっしゃいました。


201012272147486cb[1] 〈鴨川沿いのお地蔵さんの祠〉

後ろに見えるのが五条大橋です。五條楽園界隈には至る所にお地蔵さんが祀られています。


2010122721530025c[1]

高級料亭にも負けない外観のお茶屋さん。目隠しのためのすだれが2階の窓に綺麗にならんでいます。あの窓から眺める高瀬川はおつなものでしょうね。


201012272153010df[1]

先ほどの大きなお茶屋さんを過ぎ、現れたのがこのお風呂屋さんです。以前はこの橋の上に「五條楽園」の大きなネオンサインが出ていましたが、今は撤去されています。


20101227215301b64[1]

小径のトタン壁にも遊び心が出ています。


20101227215040f0e[1]

おそらくかつてのお茶屋さんだった建物です。小路にいきなり立派な唐破風をしつらえた建物が出てくるのですからびっくりです。






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