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嵐電 RANDEN その2

2010年12月27日 22:43

さて、作品集『嵐電 RANDEN』で京都が舞台となっている作品は二つあります。


表題作でもある「RANDEN(嵐電)」(2000年、WEB「つげ忠男劇場」初出)は、昭和ノスタルジー色の濃い作品のひとつです。

そもそも嵐電とは、1910(明治43)年に開業した京都市の西を走る小さな電車で、京福電鉄の嵐山本線と北野線のこと。

嵐山本線は四条大宮から嵐山までの7.2キロを走り、北野線は北野白梅町から嵐山本線と繋がる帷子ノ辻(かたびらのつじ)までの3.8キロの短い距離を走っています。
北野線には等持院、竜安寺、妙心寺、仁和寺などの名刹が沿線に揃っていて、嵐山本線には太秦、そう“日本のハリウッド”があるのです。

現在も撮影現場を見学出来るレジャー施設として東映太秦映画村がありますが、うらたさんのマンガの舞台となっている1960年前後は、大映、東映、松竹の撮影所があって、映画産業が最後の輝きを放っていた時代でした。

あとがきにあるように、この物語はフィクションのようですが、作者の母親が映画スターの追っかけをしていて、大阪から乗合いバスや電車を乗り継ぎ、撮影所まで頻繁に通っていたようで、その時代を描いた作品です。

嵐電_0004

昭和一桁生まれの若い母親たちは、戦争で青春を奪われ、当時隆盛のチャンバラ映画のスターに思いを馳せることで、奪われた青春時代を取り戻していたのです。微笑ましくも悲しい話ですね。
一方で子供にとってはどこか、はた迷惑な話でもあり、「かしこうしてたらグリコの大きい箱買うてあげるよ」と餌で釣られて、母親の後をついて回るのです。

内職の合間に、よそ行きの洋服を縫い、撮影所に行ってはスターと目があったと喜ぶ母親。ロケ現場を駆け回る母親の後を、グリコのおまけの指輪をはめてついて歩く健気な子供。そして映画スターにうつつを抜かす妻に怒る夫・・・。

ただ、作者の時代を捉える目は、スターを追いかける母親だけにはとどまっていません。絵の片隅には、アコーディオンを奏でる傷痍軍人の姿が描かれていたり、家の中では戦争で亡くなった若い女学生の遺影が飾られていたりもするのです。

嵐電_0003

少し垣間見える戦争の面影が、遅い青春を享受している女性の幸せな姿を、強い哀愁をともなって読む者に感じさせます。






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