彼岸花

2020年08月25日 01:02

彼岸花 監督・小津安二郎 1958年 松竹


①彼岸花 パッケージ


原作は里見弴の短編同名小説で、野田高梧と小津安二郎による共同脚本。
関西からの刺客、浪花千栄子と山本富士子の存在感が、なんとも圧巻。

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《山本富士子(左)と浪花千栄子(右)》

この作品は小津監督にとっての初のカラー映画(アグフアカラー総天然色)でした。



あらすじは・・・
大企業・大和商事の常務である平山渉(佐分利信)は、中学時代からの親友・河合(中村伸郎)の娘の結婚式に、妻の清子(田中絹代)と出席する。

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《中央が平山渉役の佐分利信、左が妻・清子役の田中絹代》

しかし、同じ親友の三上(笠智衆)は欠席。三上は娘・文子(久我美子)が家を出て男と一緒に暮らしていることに悩み、幸せな結婚式の場にいることがいたたまれなかったのだ。

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《平山の会社を訪れた三上(笠智衆)》

平山は三上の頼みで、銀座のバーで働く文子の様子を見に行き、文子の思いに理解を示す。

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《文子役の久我美子》

一方、平山のなじみである京都の旅館「佐々木」の女将・佐々木初(浪花千栄子)も年頃の娘・幸子(山本富士子)の良縁を気にかけていた。
そして、平山にも年頃の長女・節子(有馬稲子)がいて、ある日突然、節子と付き合っている谷口(佐田啓二)が会社に現れ、節子と結婚したいと平山に申し出る。

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《節子役の有馬稲子》

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《谷口役の佐田啓二》

他人の娘の自由恋愛には理解を示すものの、自分の娘の結婚は、かたくなに認めない平山。
妻の清子や、次女の久子(桑野みゆき)は谷口のことを気に入るが、平山の気持ちは頑なになるだけ。
そこで、節子の友人でもある幸子が東京を訪れ、節子の境遇を自分のことに置き換えて、平山に相談。理解を示す平山の言質を取って、節子の結婚を後押しする。

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渋々、娘の結婚を許し、結婚式にも出席した平山だった。後日、同窓会の後に京都の旅館「佐々木」に投宿する。そこで旅館の娘・幸子から、「結婚式で父が最後まで一度も笑顔を見せてくれなかった」との節子からの心残りの言葉を聞かされる。

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平山は、初と幸子親子からも促されて、節子と谷口が新婚生活を営む転勤先の広島に向かう。



親の決めた家柄重視の結婚から、自由恋愛が主流になってきた時代の牧歌的な物語。ただ男親の心は、いつの時代も変わらないものなのでしょうね。

里見弴の原作を基にし、野田高梧との共同シナリオで映画化した作品は、2年後の『秋日和』も同じ。
松竹作品に、当時の大映のスターである山本富士子が客演することでも話題になりました。


本作品の舞台は京都ではなく、終盤に平山が宿泊する旅館「佐々木」での場面が出てくるだけ。しかし、女将・初を演じる浪花千栄子と、その娘・幸子を演じた山本富士子が、京都人らしい歯に衣着せぬ物言いで、平山を娘夫婦の生活する広島行きへと突き動かします。

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作品冒頭では、結婚式後に酒を酌み交わしながら、平山とその同級生たちが「男の方が強いと、女の子が生まれるというし。女が強いと男だってねえ、本当かね」「昔から一姫二太郎っていうね。ありゃあ、つまりなにかな。新婚当時は男の方が盛んだってわけかね」というセリフがあります。

このような表現も今の時代では、あらぬ批判も起こりうるセリフなのでしょうが、田中絹代の演じる清子が“糟糠の妻”といった戦前の女性像から脱却し、夫に対して娘の幸せを思って自己主張する姿に、新しい家族像のあり方を思わせます。

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ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊 その1

2020年08月25日 16:03

ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊

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漫画家の、うらたじゅんさんは2019年2月に亡くなりました。享年64歳。
2019年12月には、第三書館(東京都新宿区)から、600ページ以上に及ぶ『ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊』が刊行されています。
収録されているのは未発表も含めた80編以上の作品で、まさに不世出の漫画家・うらたじゅんさんの世界観に存分に浸れる一冊です。

彼女の作品は短編ばかりですが、作風はエロティシズムとノスタルジーが漂い、ユーモアあふれる作品にさえも、読後にはどこか感傷的な空気が流れ・・・。

うらたさんの作品には、少女時代に影響を受けたであろう江戸川乱歩の『少年探偵団』や、チャンバラ、映画、演劇、ヒッピー文化など、戦後から高度経済成長期にかけた懐かしい昭和の世相が色濃く表現されています。また、うらたさんの親世代が経験した学徒出陣など、戦争の影を題材にした作品「鈴懸の径」も秀逸です。

誰もが普遍に感じる私小説的なマンガの数々を読めば、(読者は実際には体験をしていなくても)懐かしい時代が思い起こされます。



大阪府枚方市出身のうらたさんの作品には、京都が舞台となったものも数多くあります。

「春幻夜曲」「RANDEN」「嵐々電々」「発禁・櫻御前」「河原町のジュリー」「うわばみのおキヨ」など。

⑦20082514_R《「RANDEN」》

⑧20082517_R《「うわばみのおキヨ」》


うらたさんは1954年に生まれ、高校卒業後の1973年、「京都予備校へ入学するが受講したのは数日のみ」「主に京都の街で音楽喫茶など転々とする。初期の作品はこの頃の体験をもとにする」と、本書末尾の年譜にもあります。
『幻燈』5号(2004年発行)のインタビューでも「京都のロック喫茶で『名前のない喫茶店』という店に、『ガロ』も『夜行』も置いていた。店内の障子には林静一の絵があって」と、思い出を語っています。

中学時代からマンガ雑誌『COM』や『ガロ』に触れ、学生運動にも影響を受け、ヒッピーの生き方に憧れ、寺山修司の天井桟敷など演劇への関心も寄せる中で、予備校で知り合った知人からもらった伝説の同人雑誌『跋折羅』(1971年創刊)を手にします。
「気に入ったから三号からは京都書院で買った。『夜行』はよく行っていたロック喫茶においてあったので読んでた。だから、そのころはどうやって生きていこうとか悩んでうろうろ出歩いてばかりいたから(後略)」(『幻燈』7号(2007年発行)のインタビューより)

その後、ヒッチハイクで北海道から鹿児島、石垣島へ。その時の経験が「南島」「浮浪漫歩 シーサイドホテル」「渡難」「ニライカナイの果て」などの作品にも生かされます。

さらに結婚や、長女の出産を経て、家事や育児の合間に漫画を描いて投稿。1988年には京都大学西部講堂を中心に活動した劇団「ZIGI」に娘とともに役者として参加します。

なお、うらたさんは18歳の頃に京都御苑の北にある喫茶店「ほんやら洞」にも足しげく通っていました。
「そこにきていた同じ歳の男の子たちが平均年令一八歳の劇団を旗揚げして、そのときは、お芝居より旅に出たい気持ちだったので、参加しなかったけど。その劇団は京大西部講堂を中心に何年か活動して、クロード・ガニオンの『Keiko』という映画を手伝って、主演した女の子もその劇団の子だった。その『Keiko』を手伝ったあとに解散したのかな。解散して何年かして、そのメンバーが、また『ジギ』という劇団を再結成した時に誘われたんですね」との興味深いエピソードも、『幻燈』7号のインタビューで語っています。



ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊 その2

2020年08月25日 16:07


さて、うらたじゅんさんの作品の中から、京都を舞台とした作品を二つ紹介しましょう。

一つめは「河原町のジュリー」(『幻燈』7号所収)。

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まさに、うらたさんが高校を卒業後、「どやって生きていこうか」と悩み、京都の街をうろうろしていた頃が描かれている作品です。

親子ゲンカをして家を飛び出してきた少女は、京都に住む友人をたよって夜を明かし、お腹が空くとデパートの地下で試食めぐり。

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パン屋で食パンの耳をもらって鴨川の河原で食べ、橋の下に住む気さくなおじさんたちと交流するも、「ある橋の下のその人はいつも ひとりきりで彫刻のように じっとした姿勢で本を読んでいた」「どんな本を読んでいるのか 聞いてみたかったが 声をかける勇気はなかった」。

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それが、河原町のジュリーです。


行きつけの喫茶店に入り、そこで出会った名前は知らないが顔なじみの男の子の家に泊まり、その部屋で一枚の絵に気づく。
「あの絵・・・誰が描いたの?」
「この間までここに居候してた金太って奴が描いた」
「この人・・・もしかして鴨川の橋の下でいつも本を読んでいるおじさん?」
「うんそうだよ 君も知っているの?」

春に九州から無一文で京都にやってきた金太は、しばらく橋の下で野宿をし、“橋の下のおじさん”とも顔見知りになって、幾度かしゃべったことがあるらしい。おじさんは自分の素性は何も話さなかったが、名前を聞くと「アイロンです」と言ったという。

「ふーん・・・アイロンさんっていうのか・・・」
少女が友人の部屋で「a man of iron」を辞書で引くと、「鉄の人(意志の強固な厳格な人)と書かれていた。

少女は河原町通りでも時々アイロンさんの姿を見かけた。周囲からの好奇の視線を眼中に入れぬ悠然とした顔で、いつもゆっくりシケモクを拾いながら歩いていた。



実在した河原町のジュリーが本当に自らを「アイロン」と名乗ったかどうかは知りませんが、「どうやって生きていこうか」と悩みながらあてどなく京都の街を歩く少女と、社会をドロップアウトした河原町のジュリーの姿が交差する、わずか16ページの物語。社会に戸惑いながらも真摯に生きようとし、生きていかざるを得ない人間の不器用さが垣間見える佳作となっています。




ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊 その3

2020年08月25日 16:07


二つめは「発禁・櫻御前」(『幻燈』6号所収)。

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戦中、赤紙が来た印刷工の青年が、遊郭である橋本へ筆おろしに行き、背中に八重桜を彫った女郎と一夜を過ごす。
但馬の寒村で育った女郎と、奈良の街道沿いの田舎町に生まれながらも、行商人の父親に連れられ旅から旅への暮らしをしていた青年。
青年は満足に学校にも行けず、友だちもおらず、いつも一人で絵を描いていた。

「あなたの絵をみてみたい」
「・・・もしも生きて帰れたら 君の絵を描かせてもらえませんか?」
「喜んで・・・」「生きて帰って・・・また会いに来てください」

シベリアの行軍や極寒のラーゲリ(強制収容所)でも、彼女に会うことを夢見て、生きることをあきらめなかった青年。

復員して橋本遊郭に女郎を訪ねるが、宇治で進駐軍の軍人のオンリーになっていることを知る。

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戦後、青年は「商売が成功したらその金で酒を造りたい 桜吹雪のように金箔を散りばめた極上の酒を・・・」と、春本づくりに身をやつす。

限定百本の「櫻御前」と銘打った密造酒は、ラベル一枚一枚に手書きの八重桜が描かれた。ただ、製造してすぐに検挙され、酒は押収。しかし官憲が酒を猫ババして横流ししたため、好事家たちの手には渡った。

時は経ち、老人となった青年は棺桶代に残しておいた百万円で、「櫻御前」をオークションで買い取る。

「いや・・・もう長うないし 死ぬ前にひと口 自分の造った酒を呑みたくなってな・・・」
立ち退きを迫られているボロアパートの一室から、娘に電話で詫びている。



橋本遊郭がかもしだす悲哀と風情ある街並みのカットが、物語をさらに悲しくさせています。




ニセ京都

2020年08月28日 00:43

The ニセ京都 全 著者・逆柱いみり


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ビバ、ニセ京都!

この人の漫画を読むたびに脳内麻薬が分泌し、めまいを起こします。
そう、その漫画家とは・・・逆柱いみり。
『象魚』『MaMaFuFu(馬馬虎虎)』『ケキャール社顛末記』・・・、ガロ系を代表する唯一無二の作風で知られた逆柱さん。数年前から出町柳のトランスポップギャラリーで行う個展の際に書き下ろされていた漫画が「ニセ京都」。

そのシリーズの「序」と「前編」「後編」の3つがひとつになったのが、この『The ニセ京都 全』です。

あらすじは・・・
ニセ京都に疫病が蔓延し、病に罹ったサラリーマンたちがオオサンショウウオ化。京都の危機を救うには、ニセ大文字の送り火の灰を撒かなければならない・・・。後半はストーリー展開を無視して暴走するいつもの展開に。

20082501_R.jpg《山肌には「大」ならぬ「The BIG」の文字》

20082522_R.jpg 《修学旅行生は「銅閣寺」へ》

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惜しむらくは、もう少しだけ本来の京都の町並みをモチーフにした風景に力を入れてほしかったかな・・・。





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