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耳塚

2011年02月23日 00:47

耳塚(鼻塚)は豊臣秀吉の遺構の一つです。


201012300625131bf[1]


16世紀末、天下を統一した秀吉は、朝鮮半島に目を向けます。文禄の役(1592年~1593年)・慶長の役(1597~1598)といわれる朝鮮侵攻へ乗り出したのです。
海を渡った武将たちは、戦功のしるしである首級のかわりに、朝鮮人の鼻や耳をそぎ、塩漬けにして日本に持ち帰り、自らの武功の証としました(ひどい話です)。
その耳や鼻を秀吉の命により埋めて供養したのが、この耳塚(鼻塚)なのです。


20101230062513180[1]


「都名所図会」の方広寺大仏殿の項にも右下に描かれているのがわかるでしょうか。

20101230062550195[1]

耳塚は二王門の前にあり、文禄元年朝鮮征伐の時、小西摂津守加藤肥後守を大将として数万の軍兵を討取、首を日本へわたさん事益なければみゝきりはなきりして送り、此所に埋、耳塚といふ。
〈『都名所図会』(安永9(1780)年刊行)より 耳塚〉


現在は豊国神社の前に「耳塚公園」という児童公園があり、その西に五輪塔を上に建てた円い大きな土盛りが耳塚です。
まさか、鼻まで埋められているとは知りませんでした・・・。といっても、特におどろおどろしい雰囲気はなく、まわりは普通の民家が連なっています。


201012300625136fc[1] 〈耳塚公園〉



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