--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

須賀神社 懸想文売り

2011年02月03日 01:16

須賀神社 懸想文売り

須賀神社 懸想文売り03467


京都市左京区の聖護院にある須賀神社は別名・交通神社とも言い、交通安全の神として敬われている小さな神社です。

創建は、康治元(1142)年、美福門院(鳥羽上皇の皇后)の建てた歓喜光院の鎮守として祀られ、平安神宮蒼竜楼の東北にある西天王塚にあり、西天王社と呼ばれていたのだとか。

その後、吉田神楽岡に移り、さらに大正13(1924)年に現在の地に移ってきたそうです。

須賀神社 懸想文売り03468

現在は、聖護院一帯の産土神として信仰を集めながら、縁結び、厄除け、交通安全を祈る人々が時折、参詣するひっそりとした神社なのです。


普段は静かなこの神社も、2月2、3日に催される節分祭には多くの参詣者で賑わいます。
そこには全国的にもこの神社だけかと思われる“懸想文売り”がいるのです。

須賀神社 懸想文売り03474
〈境内の懸想文売りは常に二人いらっしゃいます〉

烏帽子に水干姿の懸想文売りが梅の木の枝に文をつけ、境内で縁結びの文を授与しています。この優雅な格好の懸想文売りがあらわれるのは、節分会の時のみっ。京都でもここだけですっ。

須賀神社 懸想文売り03475 須賀神社 懸想文売りp
〈ちなみに懸想文は千円。まっ、こういうものは縁起物ですから(笑)〉


“懸想文”とは現代で言うところの“ラブレター”ですね。

そもそも、当時の公家はラブレターの代筆を請け負うことで、小銭を稼いでいました。文字は、男のもの・・・でもあったのでしょう。
高貴な家柄でありながら、お金に困っていた彼らは背に腹は代えられず、このような商売をしていたのですが、やはりそこは公家。恥ずかしさを隠すために、顔には覆面をしているのです。

須賀神社 懸想文売り03482
〈懸想文売りの方は、ホント親切。カメラを向けると、わざわざ正面を向いて立ち止まってくれました〉

現在の懸想文はラブレターとしてではなく、お守りの役割となっています。

この懸想文は縁談や商売繁盛など人々の欲望をかなえる符札で、この文を鏡台やタンスの引き出しに隠し入れておくと、“顔かたちがいっそう良くなり”良縁が早く来たり、着物が増える、と平安の世から京の町で買い求められてきたということです。

須賀神社 懸想文売り03490 須賀神社 懸想文売り03487




スポンサーサイト


Twitterボタン

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。