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ごめん その1

2010年10月23日 00:51

ごめん 監督・冨樫森 2002年

ごめん DVD


まあ、よくもここまでリリカルなかわいい恋物語が描けたものです。
物語は、主人公の精通(!)から始まっているのにね(笑)。

原作は、ひこ・田中著の同名小説『ごめん』(1996年、偕成社)です。



大阪の小学校に通う6年生のセイこと七尾聖市(久野雅弘)。
祖父母の住む京都上賀茂の漬物屋にお使いに行った際、偶然居合わせた気の強そうな女の子に一目惚れをします。
それが中学2年生のナオコこと瓜生直子(櫻谷由貴花)でした。

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そしてセイは初恋と時を同じくして、クラスで初めて「おとな」にもなっちゃうのです(映画の中では・・・「おしる」!! 小説では「大事な大事な素」っていう・・・アレが出ちゃったのでした(笑))。

漬物屋で耳にした「ウリュウ」という名字を頼りに電話帳で家を調べたり、漬物屋のおばちゃんに聞いたりしてたどり着いたのは喫茶店。
ナオコは喫茶店を営む父親(斎藤歩)とふたり暮らしで、商売に熱心でない父親を手伝うエライ中学生なのです。
年上の女の子を好きになった葛藤と、勇気を出して告白したにもかかわらず年下だからと相手にされない虚しさ・・・。

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つれないナオコを振り向かせようと喫茶店に通ったり、忘れたマフラーを返してもらうために海遊館でデートをしますが、
そもそもナオコにとっては恋そのものに関心すらないのです。

セイに残されたのは年齢と距離を乗り越える情熱のみ!

年明けの剣道の稽古始めの日、衝動的に友人であるキンタ(佐藤翔一)の自転車で、京都までの道のりを走ってナオコに会いに行きます。
しかしナオコは、店をたたむ父親とともに父親の故郷である延岡に帰る決心をしていて・・・。

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ごめん その2

2010年10月23日 00:57

まあ、主役のふたりがいい!
セイ役の久野雅弘くんは、今も映画を中心にちょくちょく活躍していますが、この朴訥さが、いうなればヘタウマの巧さとでもいいましょうか。
ナオコ役の櫻谷由貴花さんは、セイ役の久野くんと同じ歳だといいますが、どう見ても年上のしっかり者にしか見えませんね。

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どこにでもいそうなふたりの自然な演技が、見ている方が照れてしまうような幼い恋物語を、胸キュンの切ない物語にしているのです。

そして脇役がもっといい!
「おしる」が出てしまって親の顔を見るのも恥ずかしいはずのセイの両親には、國村隼と河合美智子。

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大晦日の日、家の近くの河原でセイとふたり並んで恋の悩みを聞く父親役の國村隼。
「セイはええ子や。俺が女の子やったらセイに惚れるのにな」「きしょくの悪いこといわんといて」
セイの頭をなで、その手をセイが振り払う繰り返しの場面なんて、ほのぼの度MAXですよ(笑)。

そして母親役の河合美智子が、セイがナオコから借りたピンクのマフラーを巻き「あたし、瓜生!」とはしゃいで、ナオコからかかってきた電話の伝言を学校帰りのセイに言うセリフの場面なんて、カワイイ母親度MAXです!

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さらに祖父母役には、森毅センセイと伊吹友木子さん。森センセイは原作者のひこ・田中氏と交流もあったようですから、カメオ出演というところでしょうが、演技はさておき、存在感はありすぎです。

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上賀茂の冬枯れの感じが、セイとナオコとの恋の距離を表しているようで、
また、終盤、セイとナオコが自転車で二人乗りをして川辺を走っている時の陽差しの弱さが、京都を離れてしまうナオコのもの悲しい心証を表しているようで・・・。

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この少年と少女の物語はハッピーエンドとは言えないながらも、誰もが通り過ぎていった懐かしくも清々しい昔を思い出させてくれるような名作なのです。



ごめん その3

2010年10月25日 00:38

ごめん 著者・ひこ・田中 偕成社 1996年

ごめん 表紙


さて、映画『ごめん』の切ない恋物語にくらべ、小説『ごめん』は、セイと「チンチン」との葛藤がメインです(笑)。

葛藤のシーンがあまりにしつこく、読んでいてウンザリしてしまいます。
このウンザリを無視するように、さらに「チンチン」「チンチン」と文中では畳み掛けて出てくるものですから、
しまいには主人公・セイのつらさが身に沁みて感じてしまうのは・・・作者の狙いなのでしょうか(狙いだったら凄いです)。
まあ、それにしてもしつこすぎですけど(笑)。
映画では、このあたりをサラッと流しているのがいい方向に物語をもっていきましたね。

そして、テレビゲーム好きのセイ、プロレス好きのキンタ、猫に詳しいニャンコ。体が変わり始める男の子の悩みやクラスの気になる女の子のことを話し合える仲の良い3人。
この3人の友情物語も小説の場合は核になっていますが、映画では詳しく描かれていません。

さらに、セイの初恋は映画と同様ですが、大阪まで自転車で行くという映画のクライマックスにあたるくだりは小説にはなく、ナオコの引っ越しもありません。暇ながらも父親の喫茶店の営業は続くのです。


精通や友情や家族といった小説の世界は踏襲しながらも、あくまでセイとナオコの物語を中心に据えた映画『ごめん』における小説からの脚色は、ことごとく当たっているような気がします。


また、映画では職業が僧侶だった父親ですが、小説では平凡なサラリーマンだったり、母親がパート勤めだったりで、いるだけで存在感のあった映画での國村隼や河合美智子ほど、両親は魅力的でもありません。
しかしその代わりに、小説版のナオコの父親はセイにとって頼もしい存在です。「チンチン」の悩みも聞いてくれて(好きな子の父親なのに!)、さらには恋の応援もしてくれるのですから。


原作の発表から6年後に作られた映画を観ると、
まさか作者である、ひこ・田中氏がこの小説を性教育の入門書として書いたとは思いませんが、もう少し、「チンチン」のくだりは、淡泊でよかったのではないかと思ってしまうのです。

まあ、精通という切り口は、この作者でないと書けませんがね(笑)。





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