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時雨の記

2012年12月21日 23:34

時雨の記 監督・澤井信一郎 1998年


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時は昭和の終わり。建設会社の専務・壬生孝之助(渡哲也)は、20年前に一目惚れをした堀川多江(吉永小百合)を都内のホテルで見かけた。

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壬生はその後すぐ、夫と死別して鎌倉にひとりで住む多江の元に足繁く通い、付き合うようになる。
二人は多江の愛読する『新古今和歌集』ゆかりの藤原定家の山荘・時雨亭跡を訪れるために京都へと旅行に出かける。
多江の影響で『新古今』を読むようになった壬生は西行の生き方に憧れる。
仕事とも家族とも離れ、二人で吉野に終の棲家を建てようと計画する。

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そんな中、狭心症の発作で壬生は倒れる。見舞いに訪れた多江は、壬生の妻(佐藤友美)に会ったことから、二人の関係を清算しなければと思うようになる。
多江は華道の師匠に請われ、京都で華道教室を開くことを持ちかけられ、京都行きを決意する。

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ところが壬生は妻との別れをすでに決めていて、華道展を開いている多江のいる京都へ。
待ち合わせた時雨亭跡で、またしても発作に見舞われる壬生。
その姿に、すでに多江は壬生と離れられなくなっていたことを知る。

まもなく壬生は発作により、鎌倉の多江の家で急逝。二人で京都に引っ越す前の出来事だった。

・・・あらすじを書けば、こんな感じ。


原作は中里恒子の同名小説。中年男女の接吻以上には発展しない純愛物語・・・だそうで。
吉永小百合と渡哲也だから、まだ見られたものですけど、脚本がなんとも典型的なご都合主義の連続。


まず、夫を亡くしたあと、鎌倉で一人暮らしを続け、華道教室を開いている多江ですが、亡き夫への思いは一切、画面では触れられず。

それに、先代社長の葬儀の場で一目惚れをした女性をずっと思い続けていた壬生が、偶然ホテルで多江を見かけて再会した翌日には、鎌倉の家を訪問していますが・・・そんな行動力があるのだったら、そもそも20年も放って置く前に、相手の名前も知っているんだから再会できただろうに。


さらに鎌倉にある海岸沿いの喫茶店での交際宣言が、

多江「お仕事もご家族だっておありでしょう。こんなお付き合い、いいんでしょうか?」
壬生「僕はあなたが好きだ。だから毎日でも会いたい。それではだめなんですか?」
多江「私、重いお付き合いになるのがだめなんです。」
壬生「重くなければ、いいんですか?それじゃあ、あなたに合わせますよ。軽くても何でもいい。その代わりこれから先いつまでも、付き合ってもらえますか?」
多江は無言で目を伏せながら・・・コクリ。
壬生「そうかあ、独りよがりの不意打ちはいかん。重くならないようにか・・・。よし、そうします。多江さん、どうでしょうか?」
多江は「まあ」と笑顔。

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この展開・・・“中年の一途な思い”でもなんでもなく、昨今流行の中二病的妄想ですネ。


冒頭で渡哲也演じる壬生が友人である庄田(林隆三)に酒を飲みながら恋の行方を説明するという展開もくどい。
「毎日でも彼女に会いたい」って中学生のようなことを言う中年男に、「本気なんだな」とすんなり納得してしまう友人・庄田。
『彼と私はお互い学生の頃からの付き合いで、今さら多くの言葉はいらない友で・・・』と庄田の月並みなモノローグが入りますが、十分説明の言葉が多いっての。

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ストーリーは、昭和63年秋のホテルでの偶然の再会から、壬生が心不全で亡くなる5ヵ月間の出来事でしかありませんが、昭和天皇の危篤から崩御にかけてのニュースがくどいくらいに挿入してあります。そんなにしてまで、この時代性が重要なのかどうか・・・。

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また、壬生が建設会社の重役だからって、新幹線、東京オリンピック、東名高速、万博、日本列島改造論・・・って高度経済成長のニッポンを振り返るニュース映像や新聞を挿入するのも、なんとも・・・。

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定年間際の壬生が、最後の仕事で一週間のスペイン出張に行きますが・・・そもそも、こんな挿話はいらない上に、スペインロケの映像も無駄に長い。

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そして、やたらと酒を飲む場面があって、渡哲也が酒を飲むたびに、「松竹梅~♪」のフレーズが脳内でリピートするかと思えば、やはり協賛は宝酒造。

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京都は友人・庄田が住む地で、壬生と多江の二人は藤原定家の時雨亭があった地にある常寂光寺を訪れます。

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まあ、秋の紅葉の盛りの常寂光時の彩りは綺麗ですが・・・ただそれだけ。

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〈庄田の会社は興正寺の東にある京つけもの「西利」で撮影〉

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〈華道展の会場として大覚寺が出てきますが、嵯峨天皇1150年御忌記念のいけばな展という設定〉



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