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赤山禅院

2011年12月23日 01:19

赤山禅院

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比叡山麓の修学院にあるのが赤山禅院(せきざんぜんいん)。

仁和4(888)年に天台座主の安慧(あんね)が師の円仁の遺命によって、中国にある赤山の赤山大明神(泰山府君)を勧請して建立した由緒ある寺院です。赤山大明神とは毘沙門天に似た武将の格好をした神像で、延命富貴の神。

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祭日の5日にこの赤山禅院に参詣して掛け取りにまわると、集金が滞りなくできるといわれ、商人たちの信仰が厚く、「五日払い」「五十払い」といわれる今の商習慣ができたともいわれています。

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また都の表鬼門にあたることから、平安時代より方除けの神として崇敬をあつめ、「皇城表鬼門」の寺としても有名。これは赤山大明神が陰陽道の祖神とされたことによるのだとか。

表鬼門を守護する証として、拝殿の屋根には、鬼門除けの猿が置かれています。

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猿(申)は鬼門とは正反対の方角・西南西を指し、邪気を払う力があるとされ、金網に閉じ込められているのは、夜になると暴れていたずらをするから(金網に閉じ込められている理由は、御所の猿が辻の猿と同じですネ)。

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〈御幣と鈴を持った猿〉


また、比叡山の千日回峰行で最も過酷な“赤山苦行”とは、一日30キロの行程に加えて、行者は赤山大明神に花を供するため、比叡山から雲母坂を下り赤山禅院へといたる往復の行程30キロが追加される荒行のこと。


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〈拝殿の西にある地蔵堂。赤山大明神は、地蔵菩薩の化身でもあるのです〉


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〈出世弁財天〉


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〈「都七福神めぐり」の一つ福禄寿殿〉


そのほかにも「不動堂」や「御瀧籠堂」など、拝観料をとらずに見所が多く、

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天台宗寺院でありながら本尊が赤山大明神という神仏習合を色濃く残す妖しげな雰囲気、そして平安時代から皇城を護ってきたという由緒が織りなす威厳はなかなかのもの。

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〈本殿には狛犬が・・・〉



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