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お遊さま

2011年09月20日 00:10

お遊さま 監督・溝口健二 1951年 大映


溝口健二監督の『お遊さま』(1951年、大映)は、谷崎潤一郎の「蘆刈」(1932年)を原作としています。
しかし、映画タイトルを『蘆刈』とせず、『お遊さま』としていることからもわかるように、物語が語られるはずの“山崎の渡し”という舞台設定はほぼ削除され、語り部である妖しげな“男”も登場しません。

小説中の「お遊さま」と「慎之助」そして「お静」という三者を中心とした倒錯した男女の関係と「お静」の自己犠牲愛が描かれるのみで、小説「蘆刈」の最大の見せ場である幽玄の世界観は皆無に等しいのです。

もちろん原作通りに映画をつくるべきというものではありませんが・・・、小説「蘆刈」は、むしろ“山崎の渡し”で不思議な男から不可解な男女の恋物語を聞くというという状況設定だったからこそ、名作たりえたと思うのですがねえ・・・。


度重なる縁談でも理想の女性が現れなかった「慎之助」(堀雄二)の前に、やっと心惹かれる人物として現れたのが「お遊」(田中絹代)。しかし彼女は、見合い相手「お静」(乙羽信子)の姉でした。

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仲のよい妹の「お静」を手元に置いておきたいと、縁談を断りつづけてきた「お遊」でしたが、「慎之助」を弟のようだと気に入ります。
そして「お静」は、「慎之助」が「お遊」を慕っていることを知り、また姉も「慎之助」を気に入ったことから、自分の感情を押し殺し、二人の架け橋となるべく結婚を決意。しかも、夫婦の契りは結ばないと、夫に宣言してしまうのです。

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ほんと、谷崎潤一郎が描く小説の登場人物の典型を代表するような、自己を持たない「お静」さん(苦笑)。

その後の物語は原作になぞらえて進みますが、

邸宅で月見の宴に興じる「お遊」たちが、赤子の泣き声を聞きつけ、侍女をその声の方にやると、庭に赤子が棄てられていました。

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その子は「慎之助」が「お静」を病気で亡くしたあと残された一人息子で、その子を「お遊」に託し、自らは淀川の渡し船に乗り謡曲を歌いながら月を眺めている・・・という場面で映画は終わり、この「お遊」に自分たちの子供を託すという最後の部分が小説と大きく異なる点です。

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この作品の脚本は、もちろん依田義賢ですが・・・終わり方といい、小説の真ん中だけを抜き取った脚本づくりといい、制作の意図がよくわかりませんでした・・・。


また、溝口健二の田中絹代への思い入れは尋常ではないようで・・・、再三、この作品については指摘されることですが、40歳を過ぎた田中絹代が“放蕩でわがままな”お姫様のようなヒロインを演じるのは・・・少々無理があるのです。

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ちなみに・・・この作品の衣裳考証には甲斐庄楠音が参加。しかも、映画冒頭に映る庭園でのお茶会ではエキストラ出演もしています。

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