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祇園祭 山鉾巡行

2011年07月17日 23:49

祇園祭 山鉾巡行

都名所図会 祇園祭1 - コピー
都名所図会 祇園祭2 - コピー
祇園会の祭式は、抑毎歳五月朔日の致斎より四条御旅町に榊を立る、是一の華表の旧地なり。同廿日の吉符入より鉾の町々には囃子初あり。神輿洗は同晦日にして、御迎提灯練物の行装艶々として洛東の賑ひなり。六月朔日は鉾の児祇園参とて、乗物あるひは騎馬にて其行列花麗をつくし、高貴の往来に似たり。五日は鉾の引初。六日の早天には六角堂において山鉾行列前後の鬮取あり、此日の夕かたには宵宮飾とて、山鉾を祭日の如くかざり立、提灯かずかず連て夜更るまで囃子ありて貴賎の群集いはん方なし。七日は祇園会とて、卯の刻より山鉾列を正し、四条通より京極を南へ、松原を西へ引渡すなり。此日神輿の祭礼は未の刻にして、感神院より御旅所へ神幸あり。又八日よりは十四日の山鉾の営ありて、十三日の朝鬮取あり、十四日の山鉾は三条通を東、京極を南へ、四条を西に引渡すなり。神輿の祭式は、御旅所より四条を西へ、東洞院より神輿は南北へ引別れて渡り給ふ、三条の西又旅社にて同列し、三条を東へ還幸し給ふなり。同十八日には御輿洗とて晦日に等し、祇園鴨川のほとりは竹葦の如く群をなせり。〔山鉾の図は一二を挙るなり、全図例祭古実の次第は祇園会細記にくはしきゆへこゝに略す〕

〈『都名所図会』(安永9(1780)年刊行)より 祇園會〉


祇園祭 ②_R

山鉾巡行の醍醐味は、四条河原町での“辻回し”なのでしょうが・・・あの人混みは、ちょっとつらいですネ。

祇園祭 ③_R 祇園祭 ⑤_R

祇園祭 ④_R 祇園祭 ⑥_R

それに、四条通、河原町通、御池通といった大通りでの巡行はショーケースに入れられた飾り物を見せられているようで、面白みに欠けるのです。

祇園祭 ⑦_R
〈河原町六角での休憩の様子。屋根方さんはロープを垂らして、ペットボトルの水をもらっていました(笑)〉


祇園祭 ⑧_R 祇園祭 ⑨_R

極私的な見どころは、各山鉾が最後の辻回しを終え、御池通から南に向かう新町通での巡行でしょうか。

祇園祭 ⑩_R 祇園祭 ⑪_R

狭い新町通を、電柱と電線に注意しながら屋根方が足で蹴ってよけるさまは圧巻ですが、今回は「月鉾」が立ち往生をしていたくらいで、案外スムーズに行ってしまって・・・楽しみも半減。

祇園祭 ⑫

祇園祭 ⑬_R 祇園祭 ⑭_R
〈鉾の中でも最大規模の「月鉾」。電線に引っかかり、幟を持った先導する人も不安げな表情(笑)〉

DSC02988_R_20110718192553.jpg 祇園祭 ⑯_R


それにしても・・・巡行の最後を行く「南観音山」の後ろ姿。これほど祭りの終わりの哀愁と、気の抜けた雰囲気を感じさせるものはありませんねえ(苦笑)。

祇園祭 ⑰_R 〈南観音山〉



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