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暗い旅

2011年06月24日 22:55

暗い旅 著者・倉橋由美子 1961年

倉橋由美子『暗い旅』


『暗い旅』は1961年、東都書房より出版された倉橋由美子の書き下ろし長編小説。一時、絶版となっていましたが現在は河出文庫で読むことができます。


大学院生の主人公が失踪した恋人を探すため、アパートのある東京から、実家のある鎌倉、そして二人の思い出の地・京都へと赴くのです。物語は二月のある水曜日から金曜日までの三日間。そのあいだ、主人公の回想によって彼との出会いや思い出が語られるのですが・・・。


まず、この小説を語るときに一番の特徴として挙げられるのが、主人公の人称を二人称の“あなた”としていること。そして次に、文芸評論家の江藤淳が、この作品を数年前に発表されたフランスの小説家・ミシェル・ビュトールの『LA MONDIFICATION(心変わり)』(1957年)の物まねに過ぎないと指摘し、論争になったことでも有名です。

後に倉橋はこの騒動を、
「LA MONDIFICATIONはすでに清水徹氏の翻訳が出ていたが、それを読んでいる人が多くなかったのも意外であった。こちらはビュトールに似ていることは承知の上で『暗い旅』を批評してくれるものと思っていたので、多くの人がビュトールに似ていると知って愕然としたというので愕然とした。中には盗作呼ばわりしかねない『正義派』もいて、これには呆然とした。」(『倉橋由美子全作品3』の作品ノート(1975年9月)より)
と語っていますが、ビュトールの『心変わり』も主人公を“きみ”と呼ぶ二人称小説として描かれ、さらに内容も主人公がパリからローマにいる恋人の元へと向かう長い車中での“心の移り変わり”を描いた小説で、『暗い旅』とプロットは酷似しています。


新幹線のなかった時代、主人公は東京から京都まで6時間半かけて移動し、その時間をつかって、恋人とのかつての関係が語られるのです。
二人称で描かれているといっても、さほど実験的な小説でも違和感があるわけでもありません。1961年に書かれた小説としては、今読んでも古さを感じさせないくらい、文章が今風なのは驚きです(といっても、倉橋由美子の本来の文章は旧字体で書かれていますが)。

しかし・・・、残念ながらこの小説自体は自分の趣味の範囲外にあって、「京都」関連で取り上げるからこそピックアップしたに過ぎません。

「波の音があなたのなかの海に暗いフーガを響かせる、愛の終りと死の主題が追跡しあい、からみあい、オーボエとフリューゲルホーンの旋律があなたをしめつける。」(本文より)
・・・はい、そうですとも、こんなコジャレた文章には、ついていけないのです(泣)。しかも、
「ぼくはきみを裏切ったわけさ」
「あたしを? なぜ? あたしは裏切られないわ」
「彼女をaimerしちゃった」
「サルトル流にいうと、あなたが彼女にaimerされたのね。ギャルソンには必要なことよ。それで、いかが?」
「愛とはたやすいことだ、ぼくは彼女を傷つけようと焦っていた、兇暴で、やさしさがいっぱいで……」
「ラディゲかコレットがそんなこといってなかった?」
「ばれたか!」とかれはいった。
こんな会話を交わすカップルなんて・・・(苦笑)。


さて、京都は大学受験に失敗した主人公の“あなた”が、彼から離れるため進学したL女子大学のある場所。しかし結局、翌年には彼と同じ東京のQ大学に入ることとなり、京都での滞在は短い期間のこととされています。が、恋人との「愛の遺跡」(本文より(笑))を訪ねることで、主人公の元からいなくなった彼(もしくは、もう死んでしまったかもしれない彼)の手がかりを探ろうとするのです。

大学に近い馬町に住んでいたという主人公。L女子大学のモデルは、そう、京都女子大学です。
正門から東山七条の停留所への広い坂道をおりていきながら――反対にのぼっていくと豊国廟、日吉神社だった、いつも男の子たちが鳥居のあたりで遊んでいた――あなたは右側の長い土塀を眺めるのが好きだった、みごとなベージュ色の肌、そこにひっかかれた白い線画の落書き……それは不思議な夢に似た形象をもっていた、まるでクレーの線描のように。


DSC00605.jpg


京都に着くと、彼と歩いた寺々を巡ってみようと思う主人公。大徳寺、南禅寺、龍安寺、慈照寺、西芳寺・・・へと。

そして京都に着いた夕方、投宿先の京都ホテルから大徳寺へ行くため市電に乗った主人公が、偶然、荒神口の停留所前に見つけたモダン・ジャズ喫茶店は「シァンクレール」。
《シァンクレール》という小さな店だ、なかをのぞいてみたいという誘惑があなたをむず痒くする、だがそのとき電車は動きはじめる……いつかいってみることがあるだろう……《シァンクレール》、ちょっと変った名前だ、《champ clair》なのか?

そして、主人公は早速、大徳寺からの帰り道、市電を荒神口で降り、その実在したジャズ喫茶に入るのでした。

DSC00841.jpg


主人公は十二歳の時から書き続けている日記が、今では三十冊分にまでなっていました。そしてその膨大な量の日記は誰にも見られることなく、鎌倉の実家に残っています。自らの旅先での死を意識しながら、もう死んでいるかもしれない彼の面影を探し求める主人公。
死ぬとすればあの日記、大学ノートの山を灰にしておかなければならないだろう、だから――とあなたは狡猾に考える――この旅行の到着地がどこであれ、そこにはまだあなたをいれる棺は準備されていない、そしてさしあたり、あなたはあなたの日記を焼きすてるためにもう一度帰っていかなければならない、鎌倉や東京へ、あなたのアパートへ、日常生活の堆積のなかへ。

この物語の最後は、その「おびただしい小説の断片、詩の習作、そして文体の修練」でもある日記から「ひとつの小説を書きはじめる」ことを予見させて終わっています。


大学ノートに書かれた膨大な日記、そしてジャズ喫茶「シアンクレール」、さらに自ら命を絶つことをも考えながら恋人を探す主人公・・・この『暗い旅』の10年後に発表されたあの日記文学を想起させます。
高野悦子さんも倉橋由美子の『暗い旅』を読んでいたのかもしれませんね。



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