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金閣寺

2011年06月12日 01:39

金閣寺 監督・高林陽一 1976年

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三島由紀夫の『金閣寺』を原作とする映画は、今まで二本制作されています。
1958年の『炎上』(監督・市川崑、主演・市川雷蔵)と、この1976年に公開された『金閣寺』(監督・高林陽一、主演・篠田三郎)です。


市川崑監督の前作は脚本を和田夏十が担当し、大映京都の制作により、見事なまでの名作に仕上がっています。
一方、この『金閣寺』は脚本も高林陽一監督が担当し、製作はたかばやしよういちプロ、映像京都、ATG。出来としては・・・良くも悪くも高林陽一テイストの作品です。

両作品に共通するスタッフには、美術担当の西岡善信氏がいます。
美術監督の西岡氏は大映所属当時、市川監督の作品全てで美術監督を務めたほどの人物。しかし、1971年に大映が倒産すると、翌年には残された社員らとともに制作集団「映像京都」を立ち上げ、社長に就任。2010年に会社が解散するまで、多くの作品に携わりました。

『炎上』制作当時は、1950年の金閣寺放火事件から年月が経っていないこともあって、当初の題名『金閣寺』は当の金閣寺からクレームが出され、NG。金閣を驟閣とするなど、原作と名称を変更せざるを得ませんでした。
西岡氏をはじめとする美術スタッフは金閣寺を再現するにあたり、存在しない研究会を騙り、金閣寺に乗り込んで、伽藍や什器の寸法を測ったり、写真を撮ったりして、ようやく大沢池に原寸大の金閣寺を復元したという苦労話もあったようです。

一方、放火事件から25年経って制作された高林監督の『金閣寺』は題名はそのままに、しかし、さすがに金閣寺でのロケは断られたようです(ただし、大谷大学の尋源館(1913年建造)は劇中に出てきます)。
そして、金閣を作る予算もなかったのか、建物を象徴する屋根上の鳳凰のアップで、金閣全容そのものを表現。まあ、張りぼてのショボイ金閣を見せられるより、思い切って省略したこの表現でよかったのですけれど・・・美の象徴といいつつ、金閣を出さない潔さには脱帽です(笑)。

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金閣寺でのロケを断られたにもかかわらず、金閣寺に遠慮してでしょうか・・・、老師が祇園の芸妓にうつつを抜かしたり、金に執着する様は一切出てきません。これを省いては放火という行為の動機に説得力を欠くと思うのですが。
そして、溝口の吃音さえも克明に描かれているわけではなく・・・。むしろ溝口を演じる篠田三郎がほとんど吃り(微妙に差別用語かな)の演技もしていません。


重要な場面は端折る代わりに、溝口と鶴川が南禅寺の山門から観ていることを知らず、

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道を隔てた天授庵の一室で陸軍士官と女が別れの儀式であるかのように、士官の差し出した抹茶茶碗に女が着物の襟元を広げて茶碗に母乳を絞り出し、それを士官が飲み干すシーンは表現していたり、

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寺に来た米兵と娼婦のカップルが喧嘩をし始め、倒れた女の腹を米兵に促され、溝口が踏みながら興奮する場面は描かれていたり、

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・・・この取捨選択の妙が高林陽一テイストの特徴なのです。そして溝口の母親役の市原悦子のお色気シーンが執拗にあったり・・・(苦笑)。


あまりに同じ原作を使った市川作品の『炎上』が名作過ぎて、高林作品はどうも失敗作の印象は拭いきれません。
いや、むしろ失敗作というより、それほど三島由紀夫原作の『金閣寺』を映像化することは、難しいということなのでしょう。
市川崑やその妻で脚本家の和田夏十が映画会社からの企画の依頼に最初は躊躇し断ろうとしていた理由が、高林作品を観ることによって、なんだかわかるような気がしました。


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〈主役・溝口を演じるのは篠田三郎。『ウルトラマンタロウ』は映画『金閣寺』以前の作品だったのですね。それにしても、“篠田三郎”が芸名って〉


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〈内翻足の障害を持つ大学生・柏木には、横光勝彦(現・横光克彦)。一昔前は『特捜最前線』の紅林刑事、今や衆議院議員のセンセイです。自らの障害を逆手に取り、女性の関心を引く女たらしという癖のある柏木をなかなかに上手く演じています。とはいえ、『炎上』で柏木に相当する役(『炎上』では戸苅)を恐ろしいまでに怪演している仲代達矢と比べるのは酷というもの〉


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〈人の好い溝口の徒弟仲間・鶴川を演じるのは、柴俊夫。原作では鶴川は自殺し、しかも自らの悩みを溝口には打ち明けないで、柏木にだけ打ちあけていたということが、溝口に衝撃を与えるのですが、映画では単なる事故死として扱われ、劇中での鶴川の存在意味も半減していました〉


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〈溝口のトラウマ的存在・有為子には、島村佳江。郷里時代、有為子に恋をした溝口は彼女に告白しますが、吃って言葉が出ません。そして彼女に「吃りのくせに」と蔑まれたことが、コンプレックスを決定づける出来事となります。彼女の死を願う溝口の思いが通じてか、劇中では逃走兵となった恋人をかくまいながらも、憲兵の尋問に恋人を裏切り、その裏切った報いとして恋人に射殺されます。しかし溝口の前には死んだ後も幻影となってたびたび現れるという設定。ただし、この有為子の存在も映画の中では中途半端な扱いなのは否めません〉



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雪華葬刺し

2011年06月28日 22:19

雪華葬刺し 監督・高林陽一 1982年


『雪華葬刺し(せっかとむらいざし)』の原作は、赤江瀑の同名短編小説。脚本は桂千穂が担当しています。

この作品は・・・、

『IREZUMI』の題名で、カンヌ映画祭監督週間に出品され、
京本政樹の映画デビュー作(彼の出世作となる「必殺仕事人Ⅴ」に出演する3年前)で、
最後の大映京都撮影所作品。
(1971年の大映本体の倒産を受け徳間書店が出資し再建される途上で、撮影所が「大映映画京都撮影所」として分社化。名門“大映”の名を引き継ぎ1986年の完全閉鎖まで、主に貸スタジオとして稼働していました。そんな中での最後の制作作品となったのです)

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〈「株式会社大映映画京都撮影所」のタイトルロゴ〉

・・・と紹介されがちな映画ですが、耽美主義映画の傑作といっても過言ではない作品です。


赤江瀑の原作は未見ですが、いかにもな赤江瀑ワールドが劇中では炸裂。おそらく脚本家の桂千穂の力量とも合わさり、監督・高林陽一の(どこか陰湿で、やはりチープ感漂う)映像美が、題材にピッタリとはまっているのです。


ただし、完全に成人映画の範疇にありますので、詳しくは紹介しません(苦笑)。あしからず・・・。


描かれているのは、刺青に魅せられた男の因業と、そんな男の虜になった女の宿命。

しかも刺青に魅せられた男を愛したのが、東京の図書館に勤める堅実な女性で、愛する上司のために腕は日本一といわれる京都の彫り師を訪ねるのですから。
女の背中に彫られるのは、歌川国芳の『本朝武者鏡 橋姫』。そしてその彫り方が・・・。よくもまあ、赤江瀑はこんなことを思いつきますネ。


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図書館に勤める茜(宇津宮雅代)には密かに付き合う上司の藤江田(滝田裕介)がいますが、刺青に尋常でない執着を持つ彼には、見事な「騎龍観音」が彫られた背中を持つ熟女の情婦がいて・・・。

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バーのママは仮の姿。女刺青師の春菜(白石奈緒美)が藤江田の愛人です。結婚を決めている恋人と情婦を引き合わせる男の倒錯した性癖・・・。
愛人への対抗心と、藤江田の執拗な懇願から、茜は自らも刺青を背負うことを決意するのです。

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伝説の彫り師「彫経」こと経五郎(若山富三郎)。彫り師の世界から足を洗い、友禅染の下絵を描くことを生業としていた彼の元に、美しい肌を持った茜が現れたことから、もう一度彫ることを決意します。経五郎も女の肌と刺青に魅入られた人物で、かつて妻の背中に無理矢理刺青を入れ、その非道い仕打ちの末に妻は逃げ・・・。

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経五郎の内弟子が春経(京本政樹)。彫り師だった母親に水滸伝の豪傑・史進の刺青を背中に彫られ、前面に入れられるのは京都にいる経五郎だけという母親の言葉を頼りに17歳で入門してくるのですが・・・。もう、さすがに因果関係はおわかりですネ(苦笑)。

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『雪華圖説』という天保年間に作られた雪の結晶の観察書を手に経五郎の元に弟子入りしてきた春経。『雪華圖説』は、二冊揃いの書物で、この本を母親は一巻だけ理不尽だった夫の元から持ち出してきたという設定(という名のわかりやすすぎる伏線です)。
もちろん、この後、もう一冊の続編を蔵の中に見つけてしまって・・・、ってその前に気づけ~。


タイトルの『雪華葬刺し』の「雪華」は春経が茜の脇に施した雪の結晶の隠し彫りのこと。
「葬刺し」とは(全くの赤江瀑の造語でしょうが)、茜に施した経五郎の彫り物に最後の一針を入れるのをとどめておいて、彼が死んだ後、経五郎の亡骸の前で刺して刺青を完成させることによって、彼にあの世への引導を渡すという行為のことです。
余命を悟っていた経五郎にそのことを約束していた茜は、彼が亡くなった知らせを聞き、五年ぶりで京都に向かいます。密かに慕っていた春経に「葬刺し」を行われると思っていたところ、春経はすでに亡くなっていて(自分の本当の父親を知った彼は怒り狂い、庭先で自害したのです)、
経五郎の養女である勝子(京春上)に「葬刺し」をしてもらい、京都をあとにするのでした。

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それほど京都の名所は表立って出てきませんが、劇中に挟み込まれる甍の町並みや、町屋を陰湿な独特の高林タッチで挟みこむ手法は、幻想的な世界観をより深め、京都の密やかな空気をアリアリと表現しているところは、さすが高林陽一、といったところでしょうか。

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蔵の中 その1

2011年09月02日 00:48

蔵の中 監督・高林陽一 1981年


あらすじ。

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昭和10年、京都にある出版社「象徴社」の編集長・磯貝三四郎(中尾彬)の元へ、蕗谷笛二(山中康仁)という胸を病んだ青年が小説原稿を持ち込んできた。

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評論雑誌『象徴』を出版する磯貝だが、小説の持ち込み原稿は受けないと断ろうとする。しかし笛二は読んでもらわないと、転地療養にも行けないと頑なに居座った。仕方なく預かることを承知した磯貝に、「おもしろいに決まっていますよ、少なくとも先生には・・・」と意味深な言葉と笑みを残して、笛二は象徴社を後にした。

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原稿の題名は「蔵の中」。そこには肺を病んだ姉・小雪(松原留美子)を慕い、姉が隔離された蕗谷家の別邸にある蔵の中に入り浸る弟・笛二との暮らしが描かれていた。

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小雪は五歳の時に中耳炎に罹り、聾唖となった。そして胸をも病んでしまった今、他人にうつさないようにと薄暗い蔵の中で、からくり人形や錦絵を見て、ひっそりと暮らしていた。

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弟の笛二は、女中の婆や(小林加奈枝)が病気がうつると心配するのをよそに、姉がいる蔵の中に出入りする。弟が姉を思う愛情は、体を拭いてやったり、喀血した姉の唇から、血を吸い取って楽にしてやるほど偏狂なものだった。

いつしか姉と弟は男女の関係となる。しかし、弟は背徳の行為に後ろめたさを感じ、一方では姉の儚い運命に同情を寄せ、断り切れずに姉との情愛に溺れていく・・・。

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ある時、笛二は蔵の中で遠眼鏡を見つける。蔵の窓からその遠眼鏡で覗くと、京都の町が一望できた。白川の行者橋を金魚売りが歩く姿。南禅寺の水路閣では意味ありげな男女が、物憂げに佇んでいる姿・・・。
そして、笛二と小雪のいる蔵から、そう遠くない一軒家の座敷には、かの「象徴社」の磯貝と、その愛人・お静(吉行和子)の姿があった。

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磯貝は妻を亡くしたばかりで、お静は高利貸しの未亡人。磯貝がまだ三高の書生で、お静が新京極のカフェで女中をしていた頃からの知り合いだった。
しかし、若かりし頃の磯貝が出版事業の援助をしてくれる資産家の妻と結婚したことから、お静は歳の離れた高利貸しと仕方なく結婚した。

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そんな二人の事情は、姉と会話をするために幼い頃から読心術を会得していた笛二にとっては、容易いことだった。

お静は磯貝に、儲からず忙しいだけの出版社を辞め、自分が養うから一緒になろうと、言い寄っていた。
磯貝は出版事業への思いを断ち切れずに、また妻が亡くなって四十九日も経っていないことから、結婚はすぐには出来ないと口よどむ。

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日に日に感情的になっていくお静は、不審な最期を遂げた磯貝の妻は、実は磯貝が財産目当てで毒殺したのだろうと核心をつき、磯貝の弱みを握ることで結婚を迫る。しかも磯貝はお静に借金を背負っていた。

次第にヒステリックになるお静に、激高する磯貝。そしてついにお静の首を縁側で締め、殺してしまった。

その殺人を蔵の中から見ていた、笛二と小雪。

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将来を儚む小雪は、笛二にあのように首を絞めて殺してくれと頼む。
もちろん拒絶する笛二だったが、そこに蔵の外から婆やの声が。笛二が訝しんで様子をうかがうと父親も一緒にいて自分を引き戻しに来たようだった。

姉と引き離される事態に戸惑った笛二は蔵の階段で、血を吐く。姉の肺病がいつしか彼にもうつっていた。
そして笛二は自らの血がついた手で、姉の首を締めていた・・・。

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象徴社の事務所で「蔵の中」を読み終えた磯貝は、急いでお静と暮らしていた家に向かった。そこから見回すと、確かに一軒の蔵が見える。

蔵のある「蕗谷別邸」と書かれた門扉を入ると、ひとりの若い女中(上中美樹子)がいた。

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しかし、その女中によると、かつても今も蔵の中にいるのは笛二だけで、婆やという人物は自分が奉公する二年前に亡くなったといい、姉の小雪なる人物もいないという。


そして、笛二がいるという蔵に上がり込み、磯貝が蔵の中で見たものは・・・。

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蔵の中 その2

2011年09月02日 00:48

「蔵の中」は昭和10年8月号の『新青年』に発表された横溝正史の小説。文庫本にして40ページにも満たない短編小説です。

監督の高林陽一にとって、横溝作品の映画化は『本陣殺人事件』(1975年)に次ぐ二作目でした。

横溝正史といえば、市川崑監督による『犬神家の一族』(1976年、角川春樹事務所)からはじまった横溝シリーズの映画化が一大ブームをもたらしましたが、『病院坂の首縊りの家』(1979年、東宝)でいったん終了。

しかし、このブームを挟むように、横溝正史原作による高林映画が『本陣殺人事件』(1975年、ATG)と『蔵の中』(1981年、東映、制作・角川春樹)としてあったのです(ちなみに、『蔵の中』と同時上映されたのは、篠田正浩監督による『獄門島』でした)。

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『蔵の中』では、翌年の高林監督による『雪華葬刺し』(原作・赤江瀑)も手がけた桂千穂が脚本を担当していますが、高林監督と桂千穂の脚本は相性が良かったのでしょうか。原作とは物語の内容は異なるものの、原作に大きく発想を得た見事な脚色がなされています。

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〈映画のオープニングは中尾彬扮する磯貝三四郎が雨の中、亡き妻の墓参りをする怪しげなシーンから。内藤丈草の「かげろうや塚よりそとにすむばかり」の句が、これから始まる物語を象徴しています〉

耽美、幻想、頽廃・・・に満ちた『蔵の中』『雪華葬刺し』の両作品は、高林陽一にとっても監督キャリアでの全盛期を象徴する作品といって間違いないでしょう。


「蔵の中」の原作では・・・物語の舞台は東京本郷、小石川あたり。姉と弟との情交はなく、慕っていた姉が亡くなった後、自らも肺を病み転地療養から戻ってきた笛二が、かつて姉と遊んだ蔵の中でひとり、白粉や口紅、眉墨を塗って化粧をし、姉の形見の振り袖を身につけ、その美しさにうっとりとするのです。
そして、そんなひとり遊びにも飽きた笛二が遠眼鏡を手にし、覗いた先が磯貝とお静が過ごす座敷だったというわけです。
妻を殺し、愛人であったお静をも殺した出版社「象徴社」の名編集長・磯貝のもとに、遠眼鏡で出来事の一部始終をうかがっていた笛二がそのあらましを描いた小説を持っていくというストーリーですが・・・実際には妻も愛人も殺していない磯貝は、ただお静との情事を覗かれていたことに激怒して、笛二に原稿を送り返します。が、その後、新聞記事で笛二が病気を苦にして蔵の中で自殺したことを知り、愕然とする、という内容です。

江戸川乱歩はこの作品を、横溝が谷崎潤一郎の「恐ろしき戯曲」に刺激されて書いたのではないかと指摘したのだとか。

そして原作の中には、映画の持つ妖しさの雰囲気はそれほど見あたりません。

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映画の脚本では、原作の笛二の内面から姉・小雪を引きはがし、別人格として蔵の中に据え付けることによって、蔵の中を笛二の内面そのものとして描きだすことに成功。現実と虚構の世界を浮遊するかのような幻想的な物語たらしめているのです。


そして映画『蔵の中』では胸を病んで蔵の中に隔離されている聾唖の姉と、その姉を慕う弟とのいけない性愛が物語の大半を占めています・・・が、ここで重要なのが、実はこの姉・小雪を演じる松原留美子はニューハーフだということです。

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公開当初は、その話題性もあり、恐らく多くの人がその事実を知った上で観たのでしょうが、後に観た人の中には、松原留美子を女性だと思って自然と観ていた人も多かったようです。
しかし、ニューハーフが演じる姉と弟との情交という事実と彼女を起用した監督の狙いこそが、この映画をより耽美、幻想、頽廃の世界へと誘う役割を高めていたと考えるのが自然です(知ってから観た方が、より世界観を楽しめる・・・でしょう)。

1980年頃に「ニューハーフ」という呼称が生まれ、その中でも松原留美子はニューハーフを初めてキャッチフレーズにしたタレントとして知られています。
キャバレーにホステスとして勤めていた1981年、六本木フェニックスのイメージガール「六本木美人」に男性であることを隠して応募し、起用された後に、男性であることが発覚(最近も、そんなニューハーフの人がいましたね)。マスコミはこぞって彼女を取り上げ、同じ年にこの『蔵の中』で主演デビューを果たすのです。その後も歌手デビューをしたり、テレビ出演をしたりするものの、その活動期間は一年ほどと短かったようです。

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しかし・・・当時は“どこから見ても女性”と評判だった松原留美子さんですが、映画の中では、髪型のせいもあるのでしょうが・・・ところどころ男性に見えてしまう場面も(むしろ、ニューハーフと知らずに観れば、映画全体の印象もまた違ったものになったのかも知れませんネ。どうしても、あら探しをしてしまうのです・・・)。

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そして弟役を演じた山中康仁は、黒澤明監督の『影武者』(1980年)では森蘭丸を演じ、大林宣彦監督の『転校生』(1982年)や鈴木則文監督の『パンツの穴』(1984年)にも出演。すでに引退していますが、線の細い肺病の文学青年役としては、なかなかの存在感です。

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演技がうまいというよりも、虚構の幻想世界を生きる人間としての存在感が抜群なのです。

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松原留美子も山中康仁も、この映画のためだけに存在したような役者でした。


また、カメオ出演として、ともに8ミリ映画の自主制作映画出身で高林監督の盟友とも言うべき、大林宣彦が金魚売りの役で登場。

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ちなみに、高林監督も大林監督の『ねらわれた学園』(1981年)や『時をかける少女』(1983年)に出演しています。

さらに制作に関わった角川春樹も南禅寺の水路閣で女性と二人、所在なさげに佇んでいます。

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この隣の女性は、特別出演でクレジットもされている、きたむらあきこ、です。


最後に・・・主題歌である桃山晴衣の「遊びをせんとや生まれけん」という曲、映画の世界観に合いすぎで、怪しすぎます・・・。



西陣心中 その1

2013年05月21日 17:47

西陣心中 監督・高林陽一 1977年 ATG


惜しくも昨年亡くなった京都を代表する映画監督・高林陽一。
高林監督の代表作の一つが、この『西陣心中』です。

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高林作品の代名詞ともいうべき“土俗的京都”の雰囲気を感じさせる一作で、なんといっても『西陣心中』というタイトルが京都人にはたまりません。

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〈町家の屋根瓦をアップに映し出すのも、高林的〉

ただ、久しぶりに観ましたが・・・こんなにも凡作だったかな。

『本陣殺人事件』(1975年、ATG)、『金閣寺』(1976年、ATG)を経て、商業映画監督へと脱皮するかと思いきや、この『西陣心中』。
やはり高林監督の生涯は(いい意味でも、悪い意味でも)、偉大なる自主映画監督でしかなかったのかもしれません(『蔵の中』(1981年)や、『雪華葬刺し』(1982年)の世界観は素晴らしいのですが)。


高林監督はこの映画の舞台となった西陣で育ち、父親が有名な着物デザイナーであったともいいます。おそらく、監督作品の中でも思い入れの大きかったのが、この『西陣心中』なのでしょうが、その思い入れが災いし、ストーリー展開をなぞるだけのチープな通俗作品とも受けとれます。
また高林監督は原案・撮影・監督の三役をこなしていますが、追い詰められた男女がビルから飛び降りるラストシーンは、おそらく原案の段階から思い描いていたのでしょう。作品自体がこの印象的なラストシーンに向かう流れありきで、ストーリーが予定調和的に展開してしまっているのが、残念なのです。

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脚本は、名脚本家の高田宏治が担当していますが、やくざ映画やアクション映画では定評があるものの、『西陣心中』のように高林が志向する文芸的(芸術的?耽美的?)作品の脚本家としては、少々不似合でしたね。
むしろ、この時に『蔵の中』や『雪華葬刺し』で脚本を担当した桂千穂とコンビを組んでいれば、もう少しスムーズな展開になったのかな、と・・・。


とはいっても、配役の妙は、さすが高林監督でした。

関わる人々を、知らず知らずのうちに破滅へと追いやる主人公・野沢ゆみを演じた島村佳江の“魔性の女”ぶりが、魅力的。

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ゆみの相談役となる、人のいい刑事・西川には、名古屋章。

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デートクラブ(デートクラブという言葉が、昭和!)のママ・とよには、三原葉子。
とよの愛人には、この頃の高林作品の常連でもある中尾彬(眼帯姿が、演出なのか、本当に物もらいを患っていたのかわからないところが、この頃の低予算映画の魅力でもあります(苦笑))。

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そして、ゆみの知られたくない過去をネタに言い寄る、あこぎな宮崎には成田三樹夫(見事なソリコミ!)。

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ゆみの相手役・立野博之は光田昌弘が演じていますが、『ヒポクラテスたち』(大森一樹監督、1980年)では医学生・河本を好演し、『幻の湖』(橋本忍監督、1982年)では、琵琶湖大橋で主人公・道子(南條玲子)に刺される作曲家・日夏を迷演(『幻の湖』という作品自体が、迷作ですので迷演になるのも仕方がない)。

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