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夜の河 その1

2010年10月29日 23:34

夜の河 監督・吉村公三郎 1956年 大映京都 

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山本富士子がもう、びっくりするほど美しすぎます。
日本映画史上最高の美人が山本富士子とまでは言いませんが、この「夜の河」で主役・舟木きわを演じている山本富士子は日本映画史上最高の美人に認定です(笑)。

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〈しかし、この人のよさは、静止画では伝わりませんね・・・。演技をしてこそ光る“真”の女優〉


ま、とりあえず、あらすじから・・・。


京都堀川の東にある染屋の娘・舟木きわ(山本富士子)は、父(東野英治郎)とともに家業を営んでいる。
ろうけつ染めや友禅の下絵も手がけ、職人としても商売人としても遣り手で、芯のある新しい時代の女性であった。

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が、仕事に打ち込むあまり齢三十近くになって、周りの人間の心配はきわの結婚のこと。
もちろん美貌と知性溢れる彼女に憧れる男性は多い。
若い画学生の岡本(川崎敬三)から「先生」と慕われ、下心丸出しの呉服店・近江屋の主人(小沢栄)に言い寄られたりもする。しかし、彼女はつれなくはぐらかすのだった。
仕事に生きがいを感じる彼女にとっては、持ち込まれる縁談話はどれも端から気乗りはしない。

そんな折、新しいデザインの参考にと奈良へ観光に出かけ、そこで大阪大学教授の竹村幸雄(上原謙)と娘の女学生・あつ子(市川和子)と知り合う。
竹村の締めていたネクタイが、きわの手掛けた自信の逸品だったことがふたりの縁であった。
ある日、竹村が同窓会の記念品をきわに作ってもらおうと店を訪れ、それからふたりの交流が始まる。

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竹村の研究室を訪れたり、出張の汽車で偶然居合わせたり、次第に強く心惹かれるふたり。さらに逢瀬を重ねてゆく。

大文字送り火の夜、町を歩いていたふたりに突然の雨。
竹村が、岡山の大学から誘いが来ていて、赴任することになれば、京都へ来ることも度々できなくなると語る。
雨宿りで入った幼馴染み・せつ子(阿井美千子)の旅館で、ふたりは結ばれる。

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「だいじょうぶどす。たとへでけても、自分だけの子どもとして育てますわ。ご迷惑はかけしません・・・」
きわは、竹村の家庭を壊すつもりはないことを伝えた。

竹村の娘・あつ子が岡崎での美術観賞の帰りに、ふと、きわの店に立ち寄る。
その時、きわは竹村の妻が脊椎カリエスでずっと入院していることを知る。

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あつ子は、父ときわがお互い好意を持っていることを微かに気づいているものの、きわを嫌っている風でもない。
親友・せつ子に竹村との関係を相談し、
「好きやったら、奥さんがいはろうと、子たちがあろうと、そんなもん構うかいな」と言うせつ子の言葉に、
「うち、あのお嬢さんだけには憎まれとうない・・・」と、きわは鬱ぐ。
「ああ、忘れたい。忘れられるもんなら・・・こうしていても逢いとうて、逢いとうて・・・」。

旅行に来た竹村ときわ。その時、旅館の電話がなった。竹村の妻が危篤になったことを知らせる電話だった。
「しかしねえ、あんなに長いこと寝てられると、人間の気持ちの中には知らず知らず諦めが出てくる。・・・もう少しのことだ・・・」
「もう少しのこと? なにがどす?」

竹村の妻が亡くなった。きわの周りの人間は、きわが竹村と結婚するものとばかり思っていた。
そしてついに竹村がプロポーズをしてきた。
「ねえ、これだけは聞いといておくれやっしゃ。うちは先生の奥さんがお亡くなりになったらええなんてことは、いっぺんも考えたことなかったんどす。・・・そやけど、やっぱり罪を犯したような気がしてます・・・」
きわはずっと気に掛かっていた。
送り火の夜、竹村が自らの保身について頭をよぎらせたことを。そして、旅行先で「もうすこしのことや」とあたかも妻の死を待っているようなそぶりを見せたことを。

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「男の人はこすい。自分だけええ子になってじっと奥さんの亡くなるのをまっといやした。うちはそれがやりきれまへんの」
きわはきっぱりと竹村に別れを告げた。



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夜の河 その2

2010年10月29日 23:34

原作は澤野久雄の同名小説「夜の河」(1952年)。
この小説で3度目の芥川賞候補となるも落選。しかし、映画のヒットで「夜の河」が澤野の代表作となりました。

監督・吉村公三郎にとってはこれが初のカラー作品。高峰三枝子、京マチ子、原節子、若尾文子・・・主演女優の魅力を引き出す力に長けた監督ですが、案の定、山本富士子も「夜の河」を契機に、日本を代表する女優となりました。
そして撮影は宮川一夫。宮川は、「羅生門」「雨月物語」「祇園囃子」「用心棒」「悪名」など錚々たる作品に携わった日本映画界第一のカメラマンですが、サントリートリスの名作CM「雨と子犬」(1981年)でも有名ですね。

さて、本作品は1956年度キネマ旬報ベストテン第2位。
“総天然色”なんて言葉がしっくりくる優しい色彩で、むしろ今の時代に観ると懐かしくも新鮮ですっ。

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主役の“きわ”は30歳前の仕事に生きる美しい女性。
演じる山本富士子の実年齢は24歳くらいでしょうか? とにかく演技の貫禄が20代半ばの女優とは思えないのです。
商売での、時に自信に満ちあふれたやりとりや、乾いた物言いは凄腕の自立した商売人にしか見えず、それでいて、しなやかな京都弁と和服の着こなし・・・完璧です(商売での強気は、むしろ自分の仕事に対するプライドの表れで、貪欲というのではないのです)。

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そして、竹村を恋い慕う艶やかな眼差し、親友に見せる弱い女心・・・、主人公はひとりで生きる強い女性のようでいて、それとともに感受性豊かで他人を思いやる優しさをもつ人なのです。だからこそ、妻の死を待っているような竹村の物言いが許せなかったのですね・・・。

きわの父も継母も妹も、竹村の妻の死が、きわと竹村の結婚を前進させると思っていたのですから、決して竹村だけを責めるのは酷というものです。
むしろ、生きることに誠実すぎる“きわ”の融通の利かない性格が、少し不憫に思えてしまいます(もちろんそこが最大の魅力)。



まあ、山本富士子絶賛のこの作品ですが、一方で、相手役の上原謙の大根役者ぶりにはびっくりしました(笑)。
劇中のこととはいえ、どうしてこんな腑抜けみたいな中年の大学教授に、仕事のできる“きわ”が惚れてしまうのか? と疑うほどに下手なのでした・・・。

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また、“きわ”の妹・美代役の小野道子(本名:長谷川季子)は、大スター・長谷川一夫の娘。姉とは対照的な性格のおちゃっぴいな演技で“幸福”な新婚の妻を演じ、なかなかよかったです。

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〈左が小野道子。野村浩将監督の「祇園の姉妹」(1956年)で主演しています〉



「夜の河」という題名は、小説で、竹村の妻の告別式の帰りに堀川姉小路の店まで夜道を歩く主人公が、竹村との別れを決意し、耳にした堀川の水音から。
当時はこの川に染料に染まった様々な色の水が流れ込んでいたのです。
「昼見れば、赤も黄も、朱も青も、みんな一つに溶け合い、紐のように絡み合つて流れてゆく。そしてどこまでか下つたら、その色は一つも残らず消えてしまつているにちがいないのだ。(中略)やがて何時間かすると、紀和の流す染料も、また音を立ててここへ落ち込むだろう。そしてそれもすぐ他の水と混り合い、溶け合つてしまうだろう。」(「夜の河」本文より)

当時の堀川はなみなみと水を湛え、川東の小路には玩具のような市電が走っていたのです。

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50年前の京都は甍が整然と並ぶ、美しい町なのでした。

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偽れる盛装 その1

2011年11月26日 22:43

偽れる盛装 監督・吉村公三郎 1951年

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花街や遊郭を題材とした映画の中では、この『偽れる盛装』と『廓育ち』(監督・佐藤純彌、1964年、東映)は出色です。
『廓育ち』は遊郭時代の島原の面影が画面の随所に残っていて、主演の三田佳子の存在感とともに、遊郭に生きる女の悲哀をリアルに、生々しく描いていました。

そして、鴨川の東にある宮川町を舞台とした『偽れる盛装』は、監督・吉村公三郎と名コンビと謳われた新藤兼人の秀逸な脚本・・・これに尽きます。

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〈オープニングでは団栗橋(木屋町と宮川町を結ぶ橋)の南側から東山や南座の見える四条大橋を映し出しています〉

吉村にとって『偽れる盛装』はこの後に続く『西陣の姉妹』(1952年、大映、脚本・新藤兼人)、『夜の河』(1956年、大映、原作・澤野久雄)とともに京都に生きる女性をテーマとした三部作の第一弾でもありました。

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そもそも、監督・吉村公三郎と脚本家・新藤兼人は1947年に『安城家の舞踏会』(主演・原節子、松竹)で初コンビを組み、いきなりキネマ旬報ベストテン第一位に輝き、両人とも映画界での地位を不動のものとしました。
そして、その後もヒット作を生み出しますが、コンビ解消を迫る映画会社の窮屈さから、1950年に二人は松竹を飛び出し、独立プロダクション「近代映画協会」を俳優の殿山泰司らと設立。
翌年の1951年には新藤が『愛妻物語』(主演・乙羽信子)を撮り、監督デビューも果たしました。


『偽れる盛装』は前述の吉村と新藤が松竹を離れるきっかけともなった作品です。当初、この映画は『肉体の盛装』という脚本で制作が計画されたものの、松竹はその脚本を認めず、さらに吉村と新藤のコンビ解消を迫ります。そして松竹を飛び出した二人は東宝に企画を持ち込みますが東宝内部のゴタゴタから撮影直前になって企画は流れ、次に持ち込まれたのが大映だったのです。しかしそこでも、直木賞作家で大映の専務だった川口松太郎に「芸者もの」はもう当たらないと反対され、川口が海外出張に行っている隙に企画を通したという、いわく付きの一作なのでした。

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この映画は、新藤が師匠でもある溝口健二へのオマージュとして仕上げた作品といわれるだけあって、登場人物の性格は溝口の代表作『祗園の姉妹』(1936年、第一映画社)を彷彿とさせます。
『祗園の姉妹』では、それまで映画の脇役でしかなかった女性をメインに据え、人間関係にドライな妹・おもちゃ(山田五十鈴)と人情に厚い姉・梅吉(梅村蓉子)との対比が物語を覆い、前作『浪花悲歌』(1936年、第一映画社)とともに、関西弁を駆使した日本初のリアリズム映画と称されました。

そして、『偽れる盛装』では、遊ぶ男たちを手玉にとって、花街でしたたかに生きる“現代的”な芸妓・君蝶(京マチ子)と、芸妓を引退し置屋を営む“義理堅い”母・きく(滝花久子)との対比に加え・・・、
君蝶の妹で京都市役所に勤める妙子(藤田泰子)と、同じく市役所に勤めながらも実家は祗園甲部のお茶屋の息子・孝次(小林桂樹)との、ロミオとジュリエットを思わせる身分違いの恋の行方にも焦点をあてました。隣り合う町でありながら、娼妓や芸妓の混ざる遊郭の色彩が濃い宮川町と、格式の高い花街・祗園甲部との違いをシナリオに活かした点も、名作『祗園の姉妹』より、さらに物語に深みを与えているのです。

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〈四条花見小路〉



偽れる盛装 その2

2011年11月26日 22:43

あらすじ。

宮川町の置屋「島乃屋」を営む、きく(滝花久子)には亡くなった旦那・渡邊との間に二人の娘がいた。
長女の君蝶(京マチ子)は母親の後を継いで芸妓になって、金のある男をとっかえひっかえしている花街界隈でも噂の凄腕芸妓。

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次女の妙子(藤田泰子)は京都市役所の観光課に勤める地味でおとなしい娘。

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母のきくは渡邊の本妻の子(河津清三郎)が金に窮して頼ってくると、置屋を抵当に入れてまで金を貸そうとするほど義理人情に厚いが、君蝶からすれば母親の態度が気に入らない。

妙子には同じ観光課に勤める恋人・孝次(小林桂樹)がいた。彼は祇園で有名なお茶屋「菊亭」の一人息子。

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孝次の母親・千代(村田知栄子)は昔、きくと渡邊を取り合って、千代が敗れたという過去があった。
そんな確執から、孝次が妙子と結婚をしたいと申し出ても格式の違いを理由に頑なに反対し、結婚を許そうとしない。
孝次は養子という立場でもあって、母親に反対されてまで強引に駆け落ちをする甲斐性もなかった。

一方、千代の態度に自分たちの立場をバカにされたと憤る君蝶は、千代の旦那で小料理屋を営む伊勢浜(進藤英太郎)を横取りすることを画策する。

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若い色気でまんまと千代から伊勢浜を奪い取り、母親の背負った借金も肩代わりさせた君蝶だったが、捨てたはずの旦那・山下(菅井一郎)が会社の金を君蝶に使い込んでいたことがばれて解雇となり、彼女の元に金の無心に泣きついてきた。
しかし、君蝶が山下をつれなく「女房子どもがあるのに芸者買いなんかしはるさかいや」とあしらうと、山下は逆上。
花街がもっとも賑わう温習会(京おどり)の日。着飾った君蝶の元に山下は現れ、刃物を片手に彼女を追いかける。

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逃げ惑う君蝶は歌舞練場を飛び出し、町を走り逃げるも、道の先には松原橋の京阪の踏切。あえなく山下に追いつかれ背中を刺された。

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一命を取り止め入院していた君蝶の元に、妙子と孝次が揃って顔を出す。
孝次が家との別れを決意し、二人そろって東京で新しい暮らしをはじめるという。
君蝶にも「今までの生活、もうこの辺でキッパリ精算や」と芸者稼業から足を洗う気持ちが芽生えていた。
病室の窓から母親と二人で彼らの旅立ちを見送る君蝶。妙子らは踏切をわたり、新しい世界へと旅立っていった。

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偽れる盛装 その3

2011年11月26日 22:44

『偽れる盛装』のなかでも少し唐突に思える場面が、妙子(藤田泰子)の友人で、東京から父親の講演旅行のお供として京都に降り立った雪子(北河内妙子)のセリフです。

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妙子と恋人・孝次との仲がうまく進まないことを心配した雪子。二人は四条大橋袂のビル(東華菜館)の屋上で休んでいて、雪子は鴨川の東に広がる甍を見下ろし妙子に言います。

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「京都は幸い戦災を免れたけれど、それが京都にとって幸せかどうだったかはわからないわ。古い歴史の跡は保たれたけれど、その代わりに封建の匂いも強烈に残したわ。それが、あの綺麗な屋根瓦の下に根強く残ってるわ」
そして東京に来ることをすすめるのです。

京都の中でも封建の匂いが最も残り、因習深い花街・・・そして、この映画で重要な役割を果たしているのが、鴨川と宮川町の間に南北に走っている京阪電車でした。

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この電車の踏切を、因習漂う花街の内と外としてとらえ、痴情のもつれの末に踏切を渡れず刺された姉と、恋人とともに踏切を渡って東京へと向かう妹たちとの対比。見事な演出装置として電車の踏切が使われているのです。

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このあたりの演出は監督の吉村公三郎とともに、実際の宮川町界隈で町の実態を聞き取りをするなどして脚本づくりに臨んだ脚本家・新藤兼人の調査のたまものでもあったのでしょう。


また君蝶(京マチ子)は、ただ人に対してドライなだけの女性ではありません。
置屋「島乃屋」の芸妓・福彌(柳恵美子)が肺を病んで寝込むと、甲斐甲斐しく世話をしてやる妙子やきく(滝花久子)とは対照的に、「気持ちの張りがたらんさかいに病気に取りつかれるねん」と冷たいセリフを吐きもしますが、福彌が亡くなると陰ながらに涙をこぼし・・・。
そして、芸者として花街に生きる自分は根深い因習に抗えないことはわかりつつ、その世界に足を踏み入れている自分の幸せは諦め、泣き言は言わず、愚痴もこぼさず、ただ堅気の真面目な妹だけは母や自分とは違って、外の世界で幸せになって欲しいと願う姿に女の哀切が漂っているのです。
『祗園の姉妹』のおもちゃのように、泣き言を言い、姉に当たり、金に割り切った男関係のドライさとは、また質が違うのです。

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さらに、「芸者もの」に登場する男は、単なる好色であったり、保身に走ったり、女に泣きついたりするダメな男・・・というのが定番で、実際『偽れる盛装』では君蝶を刺す山下(菅井一郎)はその典型なのでしょう。
しかし、この作品の冒頭で、金がなくなり君蝶に振られるブローカー・笠間(殿山泰司)が、そのあと鴨川の橋の袂で屋台の一杯飲み屋を出して健気に働く姿が描かれていたり、
頼りないながらも孝次(小林桂樹)は妙子とともに東京に行くという決断をするなど、今までの「芸者もの」に登場する男とは違ったキャラクターを描き出したことで、ステレオタイプの人情劇とは趣の違う作品に仕上がってもいるのでした。

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ちなみに、1964年には新藤兼人自らが脚色しなおし、東映の村山新治監督が『肉体の盛装』としてリメイク。主役・君蝶には佐久間良子、妹の妙子には富司純子が演じています。





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