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五番町夕霧楼 その3

2010年10月03日 23:12

花街の物語、とくに遊郭となると、とかく同僚同士の陰湿なイジメや、経営者の過酷な搾取のイメージがつきまといがちです。
しかし、この『五番町夕霧楼』に、従来抱く遊郭特有の暗さはありません。敢えて言うなら、登場人物の生まれもっての業の暗さといったものでしょうか。
むしろ女将であるかつ枝の、芸妓たちを思いやる優しい気持ちが、彼女たちの置かれた立場をさらに切なく読者に感じさせてしまうのです。

水上勉が初めて五番町に足を踏み入れたのは17歳の頃。まだ等持院での小僧時代でした。
それから京都を離れる21歳まで、何度となく通い、「千鶴子」という馴染みの芸妓もいたといいます。
「青春のすべてを五番町に埋めた」というくらいに思い入れの深い場所だったようです。

「西陣京極のある千本中立売から、西へ約一丁ばかり市電通りを北野天神に向かって入った地点から南へ下る、三間幅ほどしかない通りである。この通りは丸太町まで千本と並行してのびているが、南北に通じるこの通りを中心にして、東西に入りこむ通りを含めて、凡そ二百軒からなる家々は軒なみ妓楼だった」(『五番町夕霧楼』本文より)

DSC04756[1] 〈現在の夜の市電通り〉

そんな小さな遊郭の五番町へ、放火犯である林養賢が、放火の一週間ほど前に登楼し、娼妓に「もうすぐ大変なことをやってみせるぞ」と漏らしていたことが、この物語を生むきっかけともなったようです。



売春防止法が施行されて赤線が廃止されたのは、1958年(昭和33年)。
今の五番町には昔日の面影はまるでありません・・・。
ただ、引き取り手のない遊女の亡骸を葬った「投げ込み寺」と呼ばれた報土寺が、住宅街となりマンションの建つ町なかに、今もひっそりと残っています。

DSC04727[1] 〈「投げ込み寺」と呼ばれた報土寺の塀〉

事件当時の西陣は、『五番町夕霧楼』の登場人物・竹末甚造ら「糸ヘン景気で闇金をにぎった特権階級」に代表されるように、未曾有の好景気に沸いていました。
その活況ぶりは町を見ても明らかで、西陣、とくに千本通り一帯(北は今出川通から上長者町通にかけた長さ約700mの西陣千本商店街付近)は、新京極と並ぶ歓楽街として人の波で溢れていたのです。
最盛期には20軒ほどの映画館があったともいわれていますが、現在は成人映画専門の映画館がわずか一軒残るのみとなっています。

かつて五番町の検番があった場所に建つ「千本日活」。

DSC04705[1]

映画館のホームページによると、1964年の『愛と死をみつめて』(主演・吉永小百合、監督・斉藤武市)が入場者数の最高記録だったそうです。
いまだにポルノ映画を放映している時代遅れの映画館ですが、ちょうど土曜日だということもあり、近隣のオッチャンたちが自転車で乗り付けて入っていく姿が、思いの外、目につきました。

DSC04712[1]

かつての色町に、その爪痕のようにひっそりと残っているポルノ映画館。すっごく哀愁を感じますね。
少しでも長く、続けていってほしいものです。


すっぽん鍋で有名な「大市」。こちらは五番町を少し南へと行った六番町にあります。目と鼻の先の距離です。

DSC04717[1]


五番町から千本中立売の交差点を挟んで北東にある「西陣京極」。昔はこの中にも何軒かの映画館がありましたが、今は飲み屋と一軒の銭湯が営業しているだけです。すこし猥雑な路地の雰囲気がいい味を醸し出していますが、あまり人は通っていません。

DSC04753[1]


あ、そうそう、井筒八ッ橋本舗の生八ッ橋「夕子」っていうのは、五番町夕霧楼の「片桐夕子」から名付けたそうですよ。昭和49年から発売されている息の長い銘菓ですが、ちゃんと水上勉の許諾も取ってあるんですって。




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色即ぜねれいしょん その3

2010年10月13日 00:57

色即ぜねれいしょん 〈光文社文庫版〉


とにかく役者が達者です。
主役・乾純には「黒猫チェルシー」の渡辺大知。ヒッピー風の家庭教師に「くるり」の岸田繁。そしてユースホステルのヒゲゴジラには「銀杏BOYZ」の峯田和伸。
ともにロックグループのヴォーカルですが、演技が役者の域を超えています。

当時はまだ高校生だった渡辺大知はオーディションで選ばれたらしいのですが、演技に不慣れなことが逆に幸いし、童貞の高校生にはうってつけの配役でした。
岸田繁はさすがネイティブの京都人だけあり、セリフまわしは問題ありませんでしたが、それ以上に演技が自然すぎますっ。
峯田和伸は、田口トモロヲ監督の前作『アイデン&ティティ』(2004年)で主人公・中島を演じていましたが、今回は脇役ながらもそれ以上の存在感です(そして・・・『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(監督・三浦大輔、2010年)では主役・田西敏行を演じ・・・峯田、すごすぎる!)。

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〈峯田和伸の髭と長髪は自前だそうです〉

やはり舞台度胸を持ち、特にヴォーカルをこなせる人っていうのは、役者以上に何者かになりきれる素養も必要なんだな・・・と、改めて感心しますね(まあ、今回の配役が特別しっくりきていたというのもあるのでしょうが)。


長編小説を映像化すると、どうしても尺に収まりきらないエピソードが出てくるものです。また監督と脚本家のエゴも顔を出してきたりして・・・(笑)。
そして、小説シーンの取捨選択や、映画版のオリジナリティによって、映画の方が良かっただの、小説の方が良かっただのと、評価をされてしまうものですが、
この作品に限っていえば、映画には映画の良さがあり、小説には小説の良さがあるように思います。

今回の脚本は向井康介氏。『どんてん生活』(1999年)、『ばかのハコ船』(2000年)をはじめ、山下敦弘監督と共同で書くことの多い若い脚本家ですが、今作品は向井氏の単独での脚本となっています。
細かな純の心理描写は小説にはもちろんかないませんが、その分、映画では純、伊部、池山の3人の“友情”が意識して色濃く描かれ、“青春度”を増しています。それに全編を通してほぼ原作のテイストを残す形で、忠実に描いていますね。このあたりは向井氏の起用がよかったのではないでしょうか。

ただし、原作と映画で大幅に違うのは、純の友人である本田の存在です。
彼は映画ではバッサリと切られ、一切出てきません(泣)。
純と家が近く登下校時に顔を合わせ、いつも純をエロ映画に誘い、彼女と一緒に純の家に上がり込こみ・・・純にとっては少し鬱陶しい存在です。
あまり本田に好意を抱いていない純なのですが、本田がすでに童貞ではないという事実が、純にとって憧れの存在ともなり、なんとなく縁が切れないでいるのです。
ちなみに、小説で純と本田が行ったエロ映画館は「千本日活」でした(笑)。
みうらじゅんの実家は北区の大将軍にあったはずで、なら、千本日活は家から自転車で5分くらいの距離ですね。

まあ惜しむらくは、本田の不在が映画の“エロ度”と“童貞度”を若干下げてしまったでしょうか(笑)。


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深夜ラジオ「青春ミッドナイト・アワー」のDJの声はみうらじゅん。純はアルバート・ハモンドの『カリフォルニアの青い空』をリクエストしたのでした(みうらじゅんを中心に結成し、イカ天に出演したバンド「大島渚」が演奏したのは『カリフォルニアの青いバカ』でしたね)。


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ロック喫茶のロケ現場は京都の老舗ライブハウス「拾得」。劇中歌に「村八分」の『どうしようかな』・・・、いやはや、京都を知っておりますなあ。


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隠岐島のユースホステルはもうないそうです。ロケは天橋立ユースホステルで行われました。
今は、ユースホステルへの宿泊者も高齢化しているとかで、もうこの青春の光景も見られないのですねえ・・・。
みうらじゅんは、高校の3年間、夏は隠岐島に通ったそうです。もちろんフリーセックスの幻想が解けて以後もね(笑)。





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